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Column the Column

volume 16. 23 October: 2011



ヴァージンスティールと古代ギリシア...

 ヴァージンスティールの「アトレウス二部作(*注釈1)」を聴く際、私には考えることがあった。これまでに古典文学を用いて現代世界の惨劇を代弁させてきたデイヴィッド・ディファイ(*注釈2)だが、何故この作品では古代ギリシアが物語の題材として選択されているのか、という疑問である。また、これとは別に、私には長らく答えの出ない他の疑問があった。キリスト歴のすべての人間にとって知識の故郷である古代ギリシアの世界において、ディファイは人間と神々の悲劇を描き切り、それがさも現実の世界で繰り返されている出来事であるかのような表現を含んでることだ──
 「アトレウス二部作」で過去の偉大な英雄たちは復讐と強欲の虜となり、神々は法廷で争い、壮麗なる王国──例えばトロイアのような──は滅び去った。「戦争は決して栄光ではない」誰かがこの言葉を物語に忠実に当てはめた。しかし、終ぞ私にはどうしても腑に落ちない箇所が残されているようだ。以下の文章は私の個人的なことに過ぎない。

 「アトレウス二部作」の古典的かつ優雅な旋律に聴き入り、私は悲劇と、知性と美を感じ取っていた。それらの世界では、知性とはかつて古代ギリシアの地で培われた偉大な叡智であり、美徳は類まれなる芸術性として神像の面様に刻み込まれていた。この地では、私は人間にとって極めて原始的な感情に囚われており、殆ど不鮮明ではあるが、私たちの世界の閉ざされている真実を一瞬でも垣間見たような気さえした。この時、私は長年探し求めていた"答え"が見出されたような感覚に襲われた。確かに私たちは現実の世界で古代ギリシアの悲劇を繰り返している。暴食や色欲と姿を変えた欲求が現代の私たちの精神を絶えず悩ませ、数えきれない法律が個人の自由を奪っている。"金"の問題がなくなることはない。
 ヴァージンスティールの「アトレウス二部作(*注釈1)」を聴く際、私には考えることがあった。かつて古代ギリシアで誕生していった知識や芸術の類も、再び今の世界で繰り返えされるのであろうか。ヴァージンスティールは私たちの可能性までをも否定してはいなかった。ディファイは古代ギリシアの世界を描くことによって、私たちの遠い記憶の中で失われてしまったはずの原始的な感情を思い出させてくれた。果たして、そこに問題を解決するヒントが隠されているのであろうか?「エピックメタルの始祖」が創造した魅力的な物語は、緩急に富む難曲のような「勃興」と「滅亡」の人類史の顛末をいくらか含んでいた。

Metal Epic, Jan 2011
Cosman Bradley



*注釈1:英名「The House of Atreus」。『The House of Atreus, Act I』(1999)と『The House of Atreus, Act II』の2作品がある。
*注釈2:David Defeis。ヴァージンスティールのヴォーカリスト。作品のほぼすべての作詞、作曲を手掛ける。

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