Epic Metal; Review Fan Site.
© 2010-2017




夕陽のギャングたち 完全版 [DVD]

監督:セルジオ・レオーネ 公開:1971年、イタリア


「(お前が死んだら俺は)どうしろってんだ」
フアン


 アメリカ西部の雄大な土地で生まれ、男たちの血と汗で育まれていった西部劇は、徐々にその舞台をテキサスやカリフォルニアからメキシコ国境へと移していった。古くからアメリカとメキシコは重要な繋がりで結ばれており、この変化は当然のことのように思えた。かつてハリウッド製の西部劇は娯楽性に満ちた痛快な大活劇であったが、セルジオ・レオーネ監督の登場によりその概念は覆された。

 明確な勧善懲悪の定義はない。主人公のフアン(ロッド・スタイガー)は下劣な山賊であるし、その相棒となるジョン(ジェームズ・コバーン)ですらアイルランドとアメリカ両国の指名手配犯だ。本作では、この二人の人物の奇妙な出会いがメキシコ革命という混乱の渦中に翻弄されながらも芽生えた友情を通して、迫真のカタルシスを伴いながら時に叙事詩的に描かれていく。
 
 冒頭はフアンが蟻に放尿するという衝撃的なシーンから始まる。最初のジョンとのやり取りもユーモラスなものに過ぎない。フアンは山のような黄金があるというメサ・ベルデの銀行を襲うべく、爆発物の使い手であるジョンを仲間に加えようとする。フアンは「ジョンとフアンがいれば最強だ」と言い張って引き下がらない。しかし、メサ・ベルデの銀行に残されていたのは金ではなく、捉えられたメキシコの愛国者たちであったことから話は劇的に変わる。ここから物語は一変し、フアンは革命の英雄として祭り上げられ、否応なしに戦争へと巻きこまれていく。革命家でもあるジョンはメキシコのために戦うが、フアンは納得できない。「メキシコはお前の国なんだぞ」というジョンに対し、フアンは「俺の国は家族だけだ」と言い放つ。しかし迫りくる軍隊を前に二人で戦い橋を爆破するシーンでは、とうとうフアンも折れジョンに協力する。二人の間には友情が芽生え始めるが、現実は常に非情なものである。敵によって家族を皆殺しにされたフアンは、一人で敵地に乗り込んでいく。やがて捉えられたフアンを救ったのはジョンであり、二人は束の間の再会を果たす。列車の中で二人はアメリカへの夢を語り合う。恐らく新天地では良い暮らしが待っている。列車もアメリカ行きのはずであった。しかし革命の火の輪によってまたしても戦いに巻き込まれた二人が隠れる車両の中に、偶然にもメキシコの独裁者ウエルタ将軍が逃げ込んでくる。ジョンはフアンへと拳銃を渡す。ウエルタ将軍を見た瞬間にフアンは思い出す。メキシコ政府とドイツ軍に殺された家族の顔が脳裏を横切る。ウエルタ将軍は金の入った袋をフアンに手渡して一命を取りとめようとするが、フアンはウエルタ将軍に発砲する。

 果たしてフアンが手にしたかったものとは金だったのであろうか。数々の作品で金のために命を落とした人物を描いてきたセルジオ・レオーネ監督がこのシーンを導入した真意にこそ、人間の本質が隠されているように思えてならない描写である。最初フアンは金を手にするためにジョンを仲間にした。その金で家族と裕福な暮らしが送れると信じていた。しかしメキシコ革命の渦中でフアンの置かれる状況は大きく変わった。英雄として祭り上げられ、その代償として家族を失った。道具として利用するはずであったジョンに友情を覚えた。フアンを人間そのものに置き換えてみることも可能であろう。これは叙事詩でもあり、人間の葛藤でもある。そして巨大な社会に抗うことのできない人間の現実だ。最後のシーンにおける美しいジョンの故郷の回想と燃え盛る列車との凄絶な対比は、言い逃れようのない感情を我々に生み残す。ジョンに向かってフアンは叫ぶ──「どうしろってんだ」。果たしてその言葉は、ジョンだけに向けられた言葉だったのであろうか。最後にはタイトルである"Duck, You Sucker(関わるな)"という文字が大きくフアンの下に浮かび上がりエンド・クレジットが流れる。


Review by Cosman Bradley


Click Ranking for epic metal!
関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://cosmanbradley.blog129.fc2.com/tb.php/386-533e0c7b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック