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 以前、「平坦な日常の中にあるヘヴィメタルとは」という記事で、私の日常に少し触れた。その中では、私が日常でヘヴィメタルとどういった出会いをしているのかが、ユーモアを交えながらいつもの謙った口調で書かれている。しかし文章とは不思議なもので、書いた産物を残して筆者の記憶には残りづらいらしい。その証拠として、私は再び日常を意識せずに過してきた。書くようなことは沢山あるように思う。私は物事を書くのが好きなのだ。そう、既に「METAL EPIC」に記録されているコラムやレビューを見た方達はお気付きかもしれないが、私の書く文章は長い。小説ほどではないにしろ、文章を書き始めると延々と長くなってしまうので、途中で唐突に終わる場合もある。短い文章を書くことが難しいのだ。また、それと同時に、短い文章に自分の考えを全て押し込むことが出来るのか、という思いもある。人に何かを伝えようとした場合、文章というものは簡単にはならない。もちろん、これとは全く逆の場合があるということも考慮しておかなければならないが、私は前者の方を信じている。
 ふとここで考えるのは、文章は個人的な産物なのか、という疑問である。レビューにしろ、客観的な考察を心掛けることが重要視されるのは必至だが、「あくまで音楽は好みなので」という理由から主観が交じることは否めない。これこそ正しい意見で、音楽など自由な発想から生まれる知的な産物は、"好み"という波長によって価値が左右される。そしてその価値を決めるのは、私たち一人一人によって異なってくる、ということだ。メタルに様々な種類があるのは、こうした「個性」を重視していった結果に他ならない。個性は音楽以前に人間にとって重要なものなのだ。

個性の塊
C.B

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コメント
この記事へのコメント
文章は個人的な産物なのか


意味不明

まあ、確かに、この記事の文章は「個人的」、つまり何が言いたいのかがわかりませんねぇ。

あと、現代HR/HMの多様化についてですが、音楽を作る側の意向も、もちろんあります。ただ、それだけでなく、需要サイド、すなわちリスナー側の意向も大きいのではないでしょうか。実際、大衆は常に新しいものを求めているものです。

んで、その大衆の中に楽器を手に取る人が現れて、それでHR/HMバンドを組んで、シーンの発展に貢献していったりするわけですが・・・。その辺の話でもしていれば、もっとマシな記事になっていたかもしれませんね(-_-;)

2010/11/23(火) 22:01 | URL | SaintVox #-[ 編集]
返信
コメントありがとうございます。非常に考えさせられる指摘でした。ヘヴィメタルのファンの傾向についてですが、あなたのおっしゃったファンの音楽に対する姿勢は、大方音楽シーン全体の傾向を物語っているように思います。一般音楽シーンに限って言うのであれば、まさにファンは新しいものを求めており、例えばレディー・ガガのヒット等はその代名詞ともいえるでしょう。しかしメタルシーンを考慮した場合ですと、更に深い考察が求められてきます。まず重要であるのは、メタルファンには先述した「新しい」ものを求めるファン層が存在するのと同時に、「古い」ものを求めるファンが存在しているということです。19世紀の中世文化の再発見──14~16世紀に起こった文芸復興にもあてはまります──のように、古く伝統的なヘヴィメタルもファンに再認識されているのです。1997年のピュア・メタルのヒットは、まさにそうした「古い」メタルが大衆に求められていたことを証明する事実にもなりますし、全てのメタルファンが「新しい」ものを求めているという断定は、一概には判断しにくいことになります。これも、ヘヴィメタルという特異なジャンルの奥深い世界観を示すものに他なりません。
一方で、「新しい」メタルはと言いますと、米国におけるニュー・メタルの台頭や、ここ日本でも人気だというドラゴンフォースやチルドレン・オブ・ボトムの支持の獲得等に代表される、新世代シーンの「新しい」認知に尽きます。「新しい」シーンの風は、メタル界にも必要不可欠ですし、次世代に受け継がれていくべきものです。ここでいう「新しい」とは、人々のことを指していますが、音楽性は「新しい」という表現だけでは説明しきれません。何故かと言いますと、どんな「新しい」メタルバンドも、なにかしらのバンドに影響を受けているからです。これはあなたのおっしゃりました、「その大衆の中に楽器を手に取る人が現れて……」という部分にも当てはまっております。ヘヴィメタルという前提で申しますと、全てのバンドがブラックサバスやジューダス・プリースト、アイアンメイデンといった先人達から受けている影響は計り知れません。「新しい」メタルサウンドは、そのオリジナル──一部では、全てのヘヴィメタルリフをブラックサバスが書いたともいわれています──をアレンジして、生まれ変わらせたものに過ぎないのです。私達が常に「新しい」と感じるのは、伝統的な起源を持つメタルサウンドが、幾許かの現代的な表現によって、上手く隠蔽されているためなのです。現代表現という言葉は、時代性という言葉にも置き換えられるでしょう。上記の"文章"で述べましたように、人々の内的な感覚──いわゆる個性──が、時代性という物差しによって、幾分か本来の判断基準を歪められてしまっているのです。ですから私達は、「新しい」という音楽に宿っている古い音楽の起源を辿ることが難しくなっているのです。どうか、このことを頭の片隅に留めておかれることを祈ります。
2010/11/24(水) 17:22 | URL | コスマン・ブラッドリー #-[ 編集]
HR/HMの発明者について
リヒャルト・ワーグナーがHR/HMの発明者、つまりHR/HMのルーツはサバスよりもずっと古いと私は思っていたのですが・・・。

私は来年はHR/HMのクラッシック音楽化(オペラ化?)がますます進み、さらなる原点回帰(ワーグナーにだんだん近づいていってる)の方向に向かっていくと予想しております。理由はコフマンさんがおっしゃるように、HR/HMのファンが「新しいのもの好き」であると同時に、「古いもの好き」であるからです。

世界的なCD売上減が結果的に、メタルの「規制緩和」をもたらしてしまったわけですが、メタルのクラッシック音楽化(ワーグナー回帰)がそのことでよりいっそう加速し・・・。つまりコフマンさんの好きそうなやつ(エピック・メタル?)が来年以降、たくさん増えてくると思われます。


2010/11/24(水) 22:03 | URL | SaintVox #-[ 編集]
返信2
リヒャルト・ワーグナーがヘヴィメタルの開発者であるという意見に関しましては、私自身全くの盲点だったと言わざるを得ません。彼は偉大な作曲家であると同時に、『ローエングリン』や『トリスタンとイゾルデ』、『ニーベルングの指環』等叙事詩的な楽曲を残した人物として理解しています。中でも『トリスタンとイゾルデ』は、私のある教師の一人がクラシック音楽の最高傑作だと申されており、その功績については万人が認めざるを得ません。私の追求している分野から申しますと、彼の存在はエピックメタル──叙事詩的な音楽性を持つ、ヘヴィメタルのジャンルの1つです──にも多大な影響を残しているように思います。特に4部作からなる『ニーベルングの指環』につきましては、後のエピック音楽を決定づけたともとれる作品です。私が尊敬するエピックメタルの始祖の一柱、マノウォーの傑作「Gods Of War」(2007)に関しましても、ライナーノーツにはリヒャルト・ワーグナーとの関連性が書かれていました。
HR/HMがクラシック音楽を起源とする意見につきましては、全く同意いたします。そうでなければ、ヘヴィメタルとクラシックの融合である「シンフォニック・メタル」や、ブラックメタルとクラシックの融合した「シンフォニック・ブラック・メタル」があのように馴染み、半ば必然的に誕生していった経緯の説明が不可能です。
世界的なCD売り上げの衰退は、各地で囁かれている凄惨な現状です。このまま現状が悪くなれば、古き良きCDの時代は終わりを告げるかもしれません。そして、誰もCDを持っていないという近未来が訪れるのです。なぜなら、ネットで音楽の違法ダウンロードができるためです。現代では、そうした行為の横行によって、好きなバンドのCDを買うという古典的な行為が妨げられてしまっているのです。もしそのような未来が訪れるのであれば、それこそ情報社会がもたらした最もたる惨劇といえるでしょう。最後に、二度に渡る貴重な意見に感謝申し上げ、括りとさせていただきます。
2010/11/25(木) 09:42 | URL | コスマン・ブラッドリー #-[ 編集]
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