Epic Metal; Review Fan Site.
© 2010-2017




Column the Column

volume 3. 23 September: 2010


 長年、コスマン・ブラッドリーこと私はエピックメタルを追求してきた。私はこれまでにあらゆる議論を尽くしてきたが、最上の知識者であり、神秘学の権威でもあるクリス・マスティメノン教授との間に交えられた激論は、真に迫ったものだった。ヘヴィメタルの根底にあるものとは何か、ヘヴィメタルの起源とは何か、それらの議論を私達は永遠と思えるほど語りあった。議論はあまりにも長く、また多岐に渡るものであったため、ここでは一部を公表するに留まっている。なお、『METAL EPIC』誌では、本文を二回に分けて掲載するということで承諾した。


Act Ⅰ:


クリス・マスティメノン:コスマン博士、どうやらきみは長い間エピックメタルについて研究してきたようだが。何故他のジャンルを差し置いてこの特異な分野を追求してきたのか、それには様々な経緯があるのだろうな。私の認知する部分では、ヘヴィメタルは多くの分野を抱えており、アメリカのサラダボウルさながらに人種を選びはせん。今やメタルの影響力の及ぶ範囲は巨大なものとなり、私の個人的な予測としては、今後もその市場が拡大していくだろうことは間違いなかろう。
コスマン・ブラッドリー:全くその通りだ。変わって、質問に答えさせていただくが、私がエピックメタルを研究するようになったのは、私がまだ若く、物事を無分別に受け入れていた頃まで遡る。私の経緯に関してはいずれ語っていこうと思っているのだが、それは今ではないようだ。私達がこの貴重な時間で語るべき確かなことは、ヘヴィメタルの迫真に迫った思想と精神、文化的背景と起源に絞られているのであり、私の過去など、取るに足らない要素を語るべきではないのだ。その過去といっても当然、私の個人的感情の産物に過ぎない。教授、私達の議論は、主観的に行われるものか客観的に行われるものか、私には判断しかねる問題だ。個人としての人間の判別は、主観的な分野に属するものだ。自ずと私達の議論にも、一個人としての感情的な部分が混入してくることは避けられない。しかしヘヴィメタルのために、私達はより広い視野で、今後とも議論を重ねていかなければならない。閉所に押し留められた精神の目では、見える範囲も必然的に狭められてくる。もちろんそうなれば、エピックメタルは愚かヘヴィメタルの本質を見極めることは不可能となる。ヘヴィメタルとは、一般大衆の自発的な見解で固執した世界と捉われがちだが、実際にはそうではなく、メタルそのものが所有する領域が広く公に浸透していないために、そういった誤解を招いているに過ぎないことは、あなたも御存じのはずだ。真に現実に隷属しているのはむしろ普遍的な人間達の方で、彼らはヘヴィメタルの巨大な世界を断片的にすら理解するには至っていない。しかし、それは私達研究者も同じ──もちろん、通常の人間と私達が違っていることを前提にしたうえでだ──ことであり、結局のところメタルの本質とは、不鮮明なままなのだ。私達のようなメタルの信仰者が周囲の人間と違っているところはといえば、私達はメタルの目を通して、より広い世界を見たり体験したりしているということに他ならない。それは現実的な隷属の範疇を超えた、宇宙的な視野の産物であると私は信じてやまない。確かにヘヴィメタルの中には、現実社会の政治、社会に反抗する題材を求める向きもあるが、先述したように、それもヘヴィメタルの全てを語っている訳ではない。メタルの攻撃的な側面を考慮すれば、自然と反社会的な方向性を打ち出すのは必至といえるだろう。スラッシュ・メタルなどはまさにその典型といえる。リフの破壊的な速度に加え、軍事爆撃機の如く"矛盾した社会"という攻撃対象を一点に絞ることで、重要なコンセプトが一貫性を持ち、メタルの特徴の一つとしてあげられるテーマの明確性が提示されているのだ。私が思うに、ヘヴィメタルのあらゆるジャンルは明確な意味を帯びており、その一つ一つに確立された世界観が存在している。教授に理解していただきたいのは、エピックメタルがヘヴィメタルの多様化された分野中、最も広大な領域を有しているということなのだ。
クリス・マスティメノン:きみのいうように、個人と大衆の区別はしなければならんようだな。肥大化しきった意見の中から真実性の高い意見を発見することは難しいからな。しかしそれは、意見を見境なくわめきたてる聴衆に限ったことではないのか?私達のような真のアウトサイダーは、現実のごく狭い既存の概念に捉われることはない。私は単に神秘的なもの、一般には信じがたいと凝り固まった偏見で思われているものへと常に関心を向けておる。無論、宇宙へのより広い分野への追求もその一つだが……。最もヘヴィメタル──とりわけエピックメタル──が、私達神秘家がこぞって追及している分野の知識を楽曲に積極的に取り入れている、という点では、私も認めねばならん。つまりは、キリスト教世界の概念とは正反対な"死、殺人、地獄"といった不快極まるテーマを内包しているだけでも、私はヘヴィメタルが興味をそそる音楽だと思うんだがね。スラッシュメタル、更にいえばそれらの発展型でもあるデス/ブラックメタルは、必ずしもそういった要素を扱っておる。これには、ロック本来の根底にある反骨精神が影響しておるのだろう。ヘヴィメタルは、その反骨的精神に宗教観も加味しているというところも、注目に値する。しかし実際には、キリスト教を崇拝した人々よりも、異教──キリスト教から見ての異教にすぎんが──を崇拝していた人々の方が多いそうじゃないか。キリスト歴は、まだおよそたったの2千年しか経過しておらんからな。それ以前に刻まれてきた、有史以前の神秘のヴェールに覆い隠された太古の歴史を想像すれば当然のことだが。考えを突き詰めていくと、ヘヴィメタルの行為は、<古き世界>を現世に蘇らせようとする働きの一環なのかもしれんな。彼らが音楽で実践してきたことは、キリスト教を非難し邪悪な存在を崇拝する、ということに他ならん。といっても、その邪悪な存在とは、文明圏の秩序だった世界の概念でしかないのだがね。きみも知っているだろうと思うが、ヴァイキングメタルの世界では度々詩にされるオーディンも、異教の神なのだ。なにせ中世初期のヨーロッパでは、北欧の人種はすべてが異教徒と見なされていたそうだ。さながらハワードのコナンみたいな話だとは思わんかね。文明と未開では大きく思想が異なっておる。文明圏で信じられてきた神も、一旦外に出てしまったら何の価値も持たなくなるのだ。その分、平等なメタルの神は寛大だと思うのだがね。話を戻すが、私が思うに、キリスト教の拡大は、一般にいう《善》と《悪》という二つの概念を明白にしたのだ。私が追求している分野の一つでもある古代の民俗学では、太古の世界において、この明確な二つの概念は甚だ朧気な影でしかなかったと伝えられておる。古代の人類は、生活や思想のすべてを自然の諸力に預けておった。自らの命をもだ。それがどういうわけか、人間の中に自然の支配から逃れるという考えが生じ始め──最も、今も人類は自然の支配から完全に逃れてはおらんのだが──、現代のように人間が人間を管理するという状況になってしまったのだ。しかし、人類の自然への反逆という行為は、あらかじめ人間という生き物の生態を辿っていけば当然の結果だったのかもしれん。ヘヴィメタルにも強烈に表現されてもいる"怒り"や"憎悪"などの原始的な衝動は、原始の人類が発現した潜在的な本能なのだ。私達は、時にその感情に支配され、怒ったり憎しみを抱いたりするものだ。詰まる所、人間は常に何かに支配されておるということだ。反逆は馴染み深いものであり、そしてそれを行使するのが私達の運命なのだ。一方、人間が人間を支配するという状況に対しては、ヘヴィメタルがその体制を根本的な部分から崩しにかかっており、先述したように、<古き世界>の信仰を再び到来させることを望んでおる。その証拠に、普遍的な人間が垣間見ることのない地下では、ヘヴィメタルのシーンが着実に成長を続けておる。そしてヘヴィメタルの信仰者たちの抑圧された鋼鉄の剣が、現実の矛盾を完全に打ち砕く時が来る日もそう遠くはないだろう。その時こそ、私達は本来の人類がそうあるべき理想的な姿に戻ることが出来るのだ。
コスマン・ブラッドリー:信じがたい話だが、それは大衆が抱くに過ぎない感情であることはよく理解した。ヘヴィメタルの攻撃的な局面を反逆性へと変換させ、キリスト教に代表される宗教観との関連性を示唆したあなたの論理は、実に素晴らしい。かねがね私もヘヴィメタルと宗教との関係については疑問を抱いていた。それも教授が指摘された通り、キリスト教についてだ。デスメタル、ブラックメタル、過激性を極めるメタルには反キリストとしての凄絶な決意が垣間見れる。邪悪で不道徳と思われているこれらの分野には隠された領域があるということも、今後は議論に挙げていくべきだろう。教授が述べたことに上乗せする形になるが、邪悪なヘヴィメタルにはれっきとした文化的背景がある。北欧を拠点とするメタルバンドの大半は、明らかにキリスト教への反逆をペイガニズムと関連づけている。<古き世界>の信仰の復興は、やはり異教徒にとって大きなテーマなのだ。ノルウェー、デンマーク、スウェーデン、アイスランド島の国々は、元々はキリスト教徒ではなかった。暗黒時代の前のより古い時代から、北欧の人々は今にいう北欧神話の神々を崇めていた。彼らの生活は古き神々の教えに従って、自然の諸力に頼ったものだった。豊潤を神に感謝し、彼らは自由な意志で雄大な原野を駈けた。北欧の人々にとって、オーディン、トール、テュールらの神々は常に馴染み深いものだった。しかしやがて10世紀頃、圧倒的に新しい信仰が北欧の地に侵入してきた。人々は徐々にキリスト教へと改宗せざるを得なかった。何故なら、ノルゥエーの征服王ハラルドが全北欧を支配下に治め、キリスト教を受け入れたからだ。しかし北欧人の中には、表面はキリスト教徒を装ってはいても、本心は異教徒というものが大勢残っていた。1000年に完全にキリスト教化されたアイスランドなどは、殆どがその異教徒であった。それが何世紀も密かに受け継がれ、その遺志を継いだ異教徒の子孫が、やがては強力な力を秘めたヘヴィメタルと出会うことになるのだ。つまりは、真性ヴァイキングやブラックメタルは異教徒の伝統を今に伝えているのだ。賢明な者は真相に気付くだろう。私にはブラックメタルの過激性が、何世紀もの間抑圧されてきた異教の者達の憤怒の叫びに聞こえてならない。北欧人は、ヘヴィメタルという分野に出会い、遂に尊ぶ<古き世界>の表現の場を得たのだ。その表現の題材となるのは古代の民俗伝承であり、神話や叙事詩を題材としたエピックメタルの派生へと更に繋がっていった。詰まる所、物事とは全て関連性を持っているのだ。ヘヴィメタルは、追求すれば容易に文化的背景や民俗学の分野との共通点を見出すことが出来る。既に述べた宗教や人間の本質──これは恐らく人類学の分野に属する──にも同じことが言えるだろう。そしてさらに追求し続ければ、極めて価値のある回答が得られるはずだろう。恰も、H・P・ラヴクラフトやアーサー・マッケンが追求していた神秘学の魔術的領域から、現実を超越した知識を見出したように。私達が思っている以上に、ヘヴィメタルは多くの叡智と知識を含んでいる。こうした世界では、私達研究者ですら見落としている部分が、一階のメタルファンに見出されるということも少なくはない。メタルの神はつくづく平等なのだ。洗礼された見解と純粋な見解、この二つの視点から見つめた先に位置する領域にこそ、私達が求めている何か得体の知れないもの──それは同時に、常になじみ深いもの──がある。ここで先程の議論に戻ることになるが、私達は対極の位置にある二つの力の集約点から物事を見極めることの重要性を考慮しなければならない。教授は《善》と《悪》とおっしゃたが、この二つの概念も正反対の性質を起源としている。また、グノーシス主義に代表される二元論と言い換えることもできるだろう。とにかく正反対のこの二つの要素は、ヘヴィメタルにおいても重要な意味を持つことになるのだ。私達はこのことについて、更に議論を交えるべきだ。

>>To be continued in:Column the Column:Act Ⅱ



Click Ranking for epic metal!
関連記事
コメント
この記事へのコメント
二人の奇才による対談
お二人の濃密な内容の対談、興味深く聞かせていただきました。ヘヴィメタルと宗教というテーマが議論の中心だったようですが、僕が個人的に興味を惹いたのは「真性ヴァイキングやブラックメタルは異教徒の伝統を今に伝えている」というところです。無理やり押さえつければ当然反発する力が生まれます。キリスト教に抑圧、侵略され無念の死を遂げた亡霊達が何千年もの時を経て現代に姿を現した・・・それがブラックメタルでありヴァイキングメタルなのだと一人で興奮、そして納得してしまいました。
我々の住む日本でもキリスト教が入る前は、神道や八百万の神などが信じられていましたし古代の北欧人と同じく自然崇拝だったようです。一般的に日本のメタルファンに人気のある北欧メタルというジャンルも、もしかしたらこうした時代背景や歴史が関係してるのでは?北欧人と日本人は感性が似ているのかもしれませんね。
僕は特定の宗教を信仰しているわけではないですが、へヴィメタルには信仰に近い気持ちで接しています。毎日何かしらメタルのことを考えるし、それに関連するテーマや歴史などを調べたりするのも好きです。僕は自分の視野を広げて様々なことを考えさせてくれるへヴィメタルに感謝しています。次回の対談も楽しみにしています。
2010/10/23(土) 22:44 | URL | Taka #-[ 編集]
返信
そうですか。今回の企画を絶賛していただき、私としては感謝の極みです!この二人の人物──クリス・マスティメノン教授とコスマン・ブラッドリー博士のことですが──は、もちろん実在の人物ではなく、私の創作によるものです。彼らは私の考えていることを代弁してくれているのです。特に、コスマン博士は私の分身──または私自身──といっていいでしょう。彼らを用いて、私は様々な体験を創作の上ですることもできますし、それを恰も自分の出来事のように置き換えて捉えることもできるのです。H・P・ラブクラフトにとってのランドルフ・カーター、クラーク・A・スミスにとってのフィリップ・ハステインがそうだったように。私は過去の聡明な作家達から学んだのですよ。この分身的な自己の創作は、私にとっては重要なことでした。そうすることによって、私は未知の領域を冒険することが出来たのです。今後も、私の分身"コスマン・ブラッドリー博士"は様々な冒険や出来事に出合い、それを伝えてくれることでしょう。
あなたがおっしゃるように、日本のメタルファンが北欧のヴァイキングメタルやメロディックメタルを好むというのは、正しい意見です。これに対して、興味深い事実があります。日本で、アイルランドの女性音楽グループ、ケルティックウーマン(Celtic Woman)が人気があるのはご存知でしょうか。彼女達のサウンドは、伝統的なケルト民謡を取り入れたほぼ民族音楽といった感じで、例えば、旋律の起源としてはフィンランドのムーンソロウやアイスランドのファールケンバックに通じるところがあると思います。これは私が偶然聞き及んだことですが、彼女達が来日した時、あるテレビ番組で「古い日本人の音楽の感性とアイルランド人の伝統的な音楽の感性には共通点がある」といっていたのです。私はこの時、日本人が北欧のメタルに惹かれる答えを、多少なりとも見出したと思いました。しかし、この意見もまだ完全なものではありません。この問題は、今後更に追求していくべきでしょう。あなたのおかげで、また新しい探求の分野が広がりました!
2010/10/24(日) 11:15 | URL | コスマン・ブラッドリー #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://cosmanbradley.blog129.fc2.com/tb.php/221-ad031c7c
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック