Epic Metal; Review Fan Site.
© 2010-2017




megadetah2

  
メタルを語る上で欠かせないバンドはいくつもある。
 
今日ここに紹介する「スラッシュメタル四天王」はその中でも、特に重要なバンドたちだろう。その名の通り四天王は4バンドあり、メガデスもその1つに数えられている。 

今日語っていくのは他でもない、バンドの創始者デイヴ・ムステインと共に歩んできたスラッシュメタルバンド・メガデスの苦難の道のりである……。


1982年、メガデスのリーダーとなるデイヴ・ムステインはメタリカにギタリストとして在籍していた。しかし、メタリカのメンバーとの諸問題により、バンドをクビになってしまう。(その頃のデイブはかなりの不良だった)当時のデイブの心の傷は相当なもので本人いわく「親の死より辛かった」そうだ。もしかしたらここからデイブの苦難の道のりは始まったのかもしれない。
その後、メタリカへの復讐心とメタルへの思いを捨てきれなかったデイヴは、たまたま自分のアパートの近くに住んでいたベーシストのデイヴィッド・エレフソンと出会う。夜な夜なベースを爆音で弾くエレフソンにデイブは怒り苦情を言いにいって喧嘩になった。これがメガデスの始まりであった。
そして85年、新たにギタリストとドラマーを加え、念願の1stアルバム「Killing Is My Business... And Business Is Good!」を発表した。(他の四天王に比べ、彼らの1stのリリースは遅かった)この頃から複雑でテクニカルなメタルの要素は含まれていたが、メンバー全員の麻薬中毒のせいで資金が底をつき、劣悪なプロダクションに陥ってしまったという。今でもその音質の悪さは、レコードで聴くことができる。(しかし2002年には念願のリマスターがされた)デイヴの精神状態に伴いメガデス内部での麻薬中毒などの事件は、今後さらに頻繁に起こることとなる。
続く86年には、初期の名盤「PEACE SELLS... BUT WHO'S BUYING?」を発表。タイトルの「平和を売る……しかし誰が買うんだ?」という衝撃的な歌詞等で社会・政治への皮肉を過激なまでに表現した本作は、メガデスの歴史において最高傑作と称するファンも多い。無論私も大好きな作品だ。サウンドはさらに知的になり、彼ら独自のスタイルを完成させた。デイヴはこのメタルを"インテレクチュアルスラッシュメタル"と呼んだ。また、アルバムのジャケットに登場しているヴィック・ラトルヘッドも彼らならではのコミカルな演出としてファンに好まれた。
88年には3rd「SO FAR SO GOOD...SO WHAT!」を発表。このアルバムには、メタリカ時代の親友クリフ・バートンの死に触発されて書いたという名曲を収録。(これについてはリマスター版のブックレットに入っているデイヴの解説に興味深いことが書かれている)なんとこのアルベムはメタルとしては異例のプラチナムアルバムを獲得した。
1990年には歴史的名盤として名高い4thアルバム「RUST IN PEACE」が発表された。もはや伝説的なギタリストのマーティ・フリードマンとドラマーのニック・メンザを迎え、メガデスは黄金時代を迎えるこことなる。マーティのメロディックなプレイにより洗礼された知的なメタルは、最高の域に達していた。
1992年、5thアルバム「COUNTDOWN TO EXTINCTION」発表。以前より若干抑えめなサウンドはよりシンプルとなり、結果として全米チャート初登場2位という驚異的な数値を記録。しかしその後、治まったかと思われていたデイヴの麻薬問題が再浮上し、メガデスはまたもや危険な状態に陥っていくこととなる。
しかし定期的にアルバム製作は続き1994年、6thアルバム「YOUTHANASIA」を発表する。メロディアスなサウンドで全米チャート初登場4位を記録した。
1997年には7thアルバム「CRYPTIC WRITINGS」を発表。黄金時代の集大成的なアルバムだが、メンバーの間に生じた不具合はぬぐい切れなかった。アルバムのポップな内容は、当然ながらファンの間に物議を醸し出した。
さらに1999年の8thアルバム「RISK」ではポップな内容になり、一部ではメガデスは終わったとまで囁かれた。メンバーとの関係もさらに悪化し、2000年には最高のギタリスト、マーティ・フリードマンまでが脱退してしまう。
しかし2001年、起死回生を込め「THE WORLD NEEDS A HERO」を発表。だが現実は甘くなく、中途半端な内容はファンには受け入れられなかった。
そして2002年、衝撃的な事件が勃発。バンドのリーダーであり創始者でもあったデイヴ・ムステインが突如脱退。結果的にバンドは解散してしまう。さらに悲しいことに、デイブは自分のギターをオークションで売り払ってしまったのだ。誰もがメガデスの歴史は終わったのだと、そう思った。
……それから約2年間、デイヴは自分の人生を振り返った。そして彼は……やはり自分はメタルをやり続け、メタルに一生を捧げるために戻ってきたのだった。再びアルバム制作の意思を固めたデイブは着々と準備を続けた。そして2004年にメガデス名義で発売されたアルバム「THE SYSTEM HAS FAILED」は過去のファンの度肝を抜くテクニカルでメタリックな独特の内容で、完全にメガデス再生を世界に知らしめることとなった。私も今でも普通に聴いている傑作アルバムである。その後の彼の話では、メガデスとして再びツアーに出た際のあまりのファンの熱狂ぶりに、メガデスを再び続けていくことを決心したのだそうだ。
それが通じたのか2007年にはアルバム「UNITED ABOMINATIONS」を発表。全米チャート8位を記録するに至った。このアルバムも初期を思わせる攻撃的でテクニカルで邪悪な要素満載で、素晴らしいアルバムとなった。
続く2009年には12thアルバム「ENDGAME」を早くもリリース。黄金期を思わせるエクストリームな作風はメガデス順風満帆を思わせ、また熱心なファンをも熱狂させた。良く言われることだが、もはや彼らの"キリング・ビジネス"はメタル界になくてはならないものとなった。
そして2010年、メガデス復活を再現させるほどの衝撃をファンに与えたのが"ジュニア"として知られるオリジナル・ベーシスト、デイヴィッド・エレフソンの復帰である。メガデスにとってなくてはならないとファンの誰もが思ったデヴィッド・ジュニアが戻ってきたのである。彼はデイブとこれまでのこと(彼らの間には様々な問題があったのだ)を話し合い、遂には和解することができたのである。偶然が呼んだ軌跡かも知れないが、メガデスは再び再生したといっても過言ではないだろう。2010年もメガデスから目が離せない。
今後もメガデスの歴史は、メタルの世界と共に歩み続けるだろう。



……このように苦難の道のりを歩んできたデイヴ・ムステインことメガデスは、メタルファンにメタルとは何なのかを教え、私たちにすべてを捧げる価値のあるヘビィメタルを与えてくれた。 
私はデイブに教えられたことがある。それは、"メタルは何度でも再生することができる"ということである。デイヴはメタルを信じていたからこそ、幾多もの苦労を越えてこられたのだと思う。時には生死に関わることさえも。
メタルは本当に人生を賭けてもいい音楽だと、私はメガデスを通して思うきっかけとなったのだ。彼には感謝しきれない。

↑ランキングよろしければお願いします
関連記事
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://cosmanbradley.blog129.fc2.com/tb.php/19-7e1e3db1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック