Epic Metal; Review Fan Site.
© 2010-2017




 長らくお待たせしていたヴァージンスティールの「マリッジ三部作」のレビューの完全版であるが、ようやくその第一部である『The Marriage of Heaven & Hell Pt. I』(1994)と第二部である『The Marriage of Heaven & Hell, Pt. II』(1995)のレビューが完成した。エピックメタル界に金字塔を打ち立てた輝かしいマリッジ作品の最終部『Invictus』(1998)はまだ未完成であるが、これももう少しで完成する。
 完全版について、私が過去にレビューしたものとの違いを少し述べておこう。レビューの完全版の作成は、私が最も重要視するエピックメタルバンドのみに限られ、レビュー本文は外部サイト『EPIC WAR』に記述される。本サイトはレイアウトが自由なので、『EPIC WAR』よりも雰囲気のあるレビューが楽しめることは保証しておこう。
 内容については、過去のレビューの誤字脱字、更には表現も相応しいものに変更し、新たに加筆も加えたものとなっている。『METAL EPIC』でありがちなことであるが、時間の問題故に満足いく内容が書けない場合が頻出するのに対し、『EPIC WAR』のレビューは終始時間をかけて練り上げたものを提供できる、というわけである。今後も私の脆弱な肉体が悲鳴をあげることがなければ、この試みは飛躍していくだろう。なおレビューの閲覧は、上記リンク(直接リンク)をクリックして頂くか、プラグインに張り付けてあるバナーからも行くことが可能である。


▼続きを読む

イマジネイションズ・フロム・ジ・アザー・サイド


Country: Germany
Type: Full-length
Release: 1995
Reviews: 95%
Genre: Epic Power Metal


ドイツのエピック/メロディック・パワーメタル、ブラインド・ガーディアンの1995年発表の5th。


『METAL EPIC』誌より抜粋:

幻想世界へのインヴィテーション。長年ジャーマン・メタル──ドイツ生まれのヘヴィメタル──のファンにとって忘れられない存在だったハンズィ・キアシュ(vo)は、それらの秘密の物語を古い本棚の奥深くから引っ張り出してきて、真に驚くべき楽曲を練り上げていた。その大胆な試みは、ヘヴィメタルが低迷期を迎えた90年代の初期から実行に移され、既に『Somewhere Far Beyond』(1992)という偉大な傑作が生み出されていた。88年のデビュー以来、正当な進歩を続けた"ファンタジック・ヘヴィメタルのマスター"ことブラインド・ガーディアンは、この名作で自分たちのやってきたこと──具体的には、メロディック・ヘヴィメタルとエピック・メタルを掛け合わせた音楽のスタイル──が間違いではないことを証明して見せた。
よく言われることだが、世界的なエンターテイナーは常に人々を驚かせることを得意としてきた。それは奇想天外なマジシャンにも、例えばかの有名なバットマンに登場する、ゴッサム・シティの狂気的なサーカス団にも当て嵌まることだ。しかし、今回のことで、ブラインド・ガーディアンにも奇抜なエンターテイナーとしての称号を与えなくてはならなくなった。理由は明白だった。なぜなら、ここに発表されたバンドの新作『Imaginations From The Other Side』は、全く新しい驚きに満ちており、現実での時間を忘れさせるように、音楽ファンを興奮させるドラマティックな内容だったからだ。全く持って、このドイツの亡者の守護神は、素晴らしい作品を完成させてしまった。
この作品は、ブラインド・ガーディアンがヘヴィメタル業界でトップの仲間入りを果たすための、記念すべき一作目となった。日本では『Somewhere Far Beyond』を超える最大のヒットを記録した。それぞれの楽曲に込められたテーマや、バンドとしての実力、ファンにとってはお馴染みのアンドレアス・マーシャルによるカヴァー・アートワークに至るまで、『Imaginations From The Other Side』は完璧だった。
コンセプトも忘れてはならない。エピック・メタルにとって極めて重要なこの項目は、長年数々のバンドたちを悩ませてきた。あるバンドは大昔の神話や伝承に題材を求めたり、近年ではアーサー・C・クラークのようなSF作品に挑戦するバンドも目立ってきている。しかし、最も確実なのは、ブラインド・ガーディアンが得意とする西洋ファンタジーの分野だった。中世時代の古い叙事詩や英雄譚を始めとする、高潔でヒロイックな物語を本格的に題材としたブラインド・ガーディアンの本作は、それらの世界観が如何にヘヴィメタルと合うかどうか、また、その事実を説得力のあるサウンドではっきりとさせている。細部までこだわるのがブラインド・ガーディアンというバンドだった。本作はエピック・ヘヴィメタルの新たな可能性を世界中のファンに知らしめることとなった...



1. Imaginations from the Other Side
冒頭を飾る壮大な楽曲。物語は老いた男が自らの夢や幻想は失われてしまったと嘆くものであり、そんな男がかつて夢見ていた世界とは如何なるものであったか、我々はこれを始めとして知らされることとなる。内容は劇的かつファンタジックな展開に富んでいる。
2. I'm Alive
エリック・ヴァン・ラストベイダーの小説『Warning』からインスパイアされた楽曲。ここでは核戦争で人間は地下に住んでいるが、ある戦士がまだ地上には望みがあると言い出し、そのために彼らは生き残る。スピーディな楽曲ながら、中世風のアコースティカルなパートを織り交ぜドラマティックに聴かせる。特にブリッジ・パートは傑作に値するであろう。
3. A Past and Future Secret
魔法使いマーリンがアーサー王の死について物語るという楽曲。マーリンは魔法使いであると同時に吟遊詩人でもあったという。民話的な世界観が幻想的に展開される本曲は、ブラインド・ガーディアンが生み出した中世風バラッドの楽曲の中では最高のものであろう。
4. The Script for My Requiem
英国十字軍の悲劇の顛末について物語る。サビでの聖歌隊のようなクワイアと、中間部でのギターソロ・パートは勇壮を極める。ブラインド・ガーディアンの楽曲の中で最も劇的なギターソロ・パートを持つのは本曲ではなかろうか。
5. Mordred's Song
『アーサー王物語』において、最後にアーサーと戦いを交えるその息子モードレッドの悲劇を描く。楽曲から漂う悲劇的な雰囲気が素晴らしく堪える。繊細な表現に満ち、中世時代の気品が漂う曲である。
6. Born in a Mourning Hall
ブラインド・ガーディアン曰く新しい試みを行ったという楽曲。ファンタジックなサビは見事に本作の持つ雰囲気にはまっている。
7. Bright Eyes
現実と幻想、善と悪との間で葛藤する少年が選択を迫られるという内容の物語。結論が「現実には何の価値もない」ということになるのは、夢想家が考えそうなことだ。楽曲は精神的で暗い雰囲気が漂う。
8. Another Holy War
アイリッシュ風のメロディが強烈な印象を与える楽曲。こういった旋律にはブラインド・ガーディアンのルーツが見て取れる。ギターソロ・パートは絶品。歌詞は救世主に関するものであり、救世主のために聖戦が頻発するという。
9. And the Story Ends
#7"Bright Eyes"で登場した少年が吟遊詩人と出会い導かれる最後の楽曲。大仰さは相変わらずであるが、ブリッジでの盛り上がりが秀逸。終始徹底したファンタジー観が見事に貫かれている。
10. The Wizard
ボーナストラック。ユーライア・ヒープのカヴァー。


▼続きを読む
 『METAL EPIC』では、今まで読者から多くの貴重な意見を寄せて頂いた。そのどれもが興味深いものであり、時に励まされる内容のものであった。私自身、コメントで指摘され、始めて気がつくこともあった。これらの意見は、批判的な鋭い内容のものであれ、喜んで議論の対象となるような知的なものが多かった。数々の議論を振り返ってみても、『METAL EPIC』の読者が如何に博学であり、感受性に優れているか、大変驚かされるものがある。
 そこで、より深く読者と意見のやり取りをするべく、長らく使用してこなかったメールフォームを開始することにした。メールでのやり取りは、『METAL EPIC』上では出来ない突き詰めた話題も扱うことが容易である。詰まる所、私との一対一の対話がメールでは出来るということである。当然の如く、ヘヴィメタルのレビューのリクエストもメールで受け付けている。簡潔な内容でも大歓迎である。例によって、私の返信は長くなるのが恒例となっている。
 また、メールを開始した理由はもう一つある。それは、ここに限らず、多くの読者が意見を自分の中に押し止めてしまっているということである。そのような場合に、実に個性的な意見が消滅してしまうのは残念でならない。常々私は、社会の饒舌な人々の意見ではなく、内向的な──私自身、人見知りである──人々の意見に耳を貸したいと思ってきた。ここでは、社会一般に信じ難く、懐疑的な意見でも容易に発言できる。私はそういった場所を提供したい。故に『METAL EPIC』では、普遍的な人間が踏み込まない啓発的なテーマや神秘的な疑問を扱ってきたのだ。
 肝心のメールフォームは、プロフィール欄のリンクから、確認、送信の順序で可能である。頂いたメールに対する返信は、時間を見計らって、可能な限り早急に行う所存である。


▼続きを読む
-Scott Columbus-



「かくして、オーディンの手により不滅の戦士はヴァルハラの門を潜り伝説となった」
 ──"Hymn Of The Immortal Warriors"より

columbus_scottスコット・コロンバス追憶
 今から30年以上も昔のことだった。80年代初期のヘヴィメタルという音楽は若く、アメリカでは支持者も少なかった。同じように、エピック・メタルの王者マノウォーも、楽器の練習を重ね、毎日のように演奏技術の向上に勤めていた。
 マノウォーのメンバーがまだ若い頃に制作された第2作『イントゥ・グローリー・ライド~地獄の復讐~』の中には、不世出のドラマー、スコット・コロンバスの最初の功績が残されていた。マノウォーがエピック・メタルの基礎を他の先人たち──キリス・ウンゴル、マニラ・ロード、ヴァージン・スティール──と築きあげようとしていた時期、スコット・コロンバス自身も、その名をロック音楽史に刻み込んだ。
 軽快なロックンロールのイメージから始まったマノウォーの歴史を変えたのは、スコット・コロンバスの重厚なドラム・プレイだった。スコット・コロンバスが最初に加入して制作された『イントゥ・グローリー・ライド~地獄の復讐~』は、後のマノウォーの音楽的な方向性を決定付けた。当時のヘヴィメタルのファンたちは、この一流のミュージシャンによるドラム・プレイを絶賛し、兄弟たちの輪の中へと迎え入れた。
 マノウォーの熱狂的なファンたちは、スコット・コロンバスの演奏を指して「雷鳴の轟き、軍隊の行進のようなドラム」と表現した。そのドラム・プレイが最大限に生かされたのが、第4作『サイン・オブ・ザ・ハンマー』に収録された《Thor (The Powerhead)》の中だった。マノウォーのファンたちは、スコット・コロンバスの迫真の演奏に北欧神話の英雄、雷神トールのミョルニルの一撃を重ねていた。
 スコット・コロンバスは、キャリアの中で重厚な演奏を追求し、ヘヴィメタルという音楽のスタイルに徹底的に拘った。マノウォーのファンたちは、その演奏が永久に聴けるものだと信じていた。しかし、間もなくファンたちは、悲劇的な現実に直面することを強いられたのだった。
 2008年、不動の体制のマノウォーからの突然の決別だった。かつて、ヴァージン・スティールのギタリストとヴォーカリストがそうであったように、よりエピックでシンフォニックなヘヴィメタルを標榜するジョーイ・ディマイオと、ストレートな音楽性への原点回帰を訴えたスコット・コロンバスの揺るがぬ意志は、当然のように、相容れることがなかった。
 この衝撃のニュースは、エピック・メタルのファンたちの間に暗い影を投げ掛け、一部からは、マノウォーの未来を懸念する声も飛び出した。しかし、長年活躍したマノウォーから脱退しても、スコット・コロンバスのドラマーとしての生涯が終わった訳ではなかった。
 スコット・コロンバスも何れは、メガデスのデイヴ・ムステインのように、ヘヴィメタル界への突然の帰還を果たし、鈍った腕前を直に回復させるはずだった。そう信じることで、ファンたちは幾分か慰められた。
 嬉しいニュースも舞い込んだ。2010年5月、『クラシック・ロック』誌に掲載されたインタビュー記事の中では、スコット・コロンバスがインストゥルメンタルのソロ・プロジェクトを推し進めていることが分かった。スコット・コロンバスの復帰は近いかも知れない──
 しかし、大きな期待は、最も悲劇的な形で幕を閉じることとなった。誰もが自らの耳を疑った。スコット・コロンバスの突然の訃報だった。
 2011年4月4日、スコット・コロンバスは、54歳という若さでヴァルハラの門を潜り、ヴァイキングの古い言い伝えにあるように、英雄たちの仲間入りを果たした(このヴァルハラの伝説は、マノウォーの『ゴッズ・オブ・ウォー』にも描かれている)。天国のヴァルハラの英雄の館では、同じく39歳という若さでこの世を去ったヴァイキング・メタルの始祖、バソリーのクォーソンも、共に戦士の饗宴の席に肖っているはずだった。
 スコット・コロンバスは偉大な人物だった。最も尊敬すべきドラマーだった。その日、ファンたちが失ったものはあまりにも大きかった。死因が何であれ、彼のドラムセットが主人の手で打ち鳴らされる日は、永久に訪れなくなったのだった。
 ファンたちは、不世出のドラマーに対して、最後の讃美を捧げる必要があった。《The Crown And The Ring》という楽曲は、この日のために存在していたのかも知れなかった。スコット・コロンバスの魂に永遠の安らぎあれ。

Metal Epic, Jul 2011
Cosman Bradley


*この記事は『叙事詩的なヘヴィメタルの歴史2』に収録されました。

叙事詩的なヘヴィメタルの歴史2


▼続きを読む
 一部の例外を除き、ヘヴィメタルはあまりヒットを飛ばさないという実績がある。それはCD売上やMP3ダウンロードにまで及び、時にはサイトのヒット数に影響を及ぼすこともある。コンテンツ(内容)が如何に充実してようとも、ヘヴィメタル系のサイトは伸び悩んでいるようだ。かつて商人によって取引された高値の金銀細工のように、価値を見定めることが出来なければ、自ずと客足は減り需要がなくなっていく。ヒットとは万人が認めるものに起こる現象である。
 私も本ブログ"通称エピックメタル専門ブログ"を開始するにあたり、ある程度のヒット数は切り捨てた。エピックメタルがそうだったように、地下でひっそりと活動することを選択したのである。考えて見てほしい。影の世界──ある者はカルト世界と表現する──で脈動し続けてきたこれらの分野が、現在まで生き永らえてこられたのは何故かという疑問に。
 その答えは、宗教にヒントがあるとみて良いだろう。世界各地の秘境に未だ残る民族部族間の異端崇拝がその最もな例である。それらの宗教は、悠久の太古から世代を超えて受け継がれてきた。恰も、かの有名な『スター・ウォーズ』の一子相伝のシスのように。ならばこの法則が、エピックメタルという分野にも適用されるのではないだろうか。私はその可能性を熟考した。少数派の思想や文化が何世紀も生き永らえるためには、一子相伝の方法で、なおかつ厳重に守護していかなくてはならない。つまりは、普遍的な大多数の民衆よりも、堅実で知的な者の方が伝達者(Herald)としては適しているということに繋がる。彼らは俗にアウトサイダーと呼ばれたり、支配的5%と呼ばれることもある。彼らが多数派に紛れることは少ない。カルト的なごく少数の中に、その者らは隠れ潜んでいる。そうした人物を見出すために、何を選択すれば良いのか……。博学な『METAL EPIC』の読者なら、既にお気付きだろう。


▼続きを読む
 エピックメタルというジャンルに出会う以前、ヘヴィメタルは専らスラッシュ・メタルを愛聴していた頃がある。中でもデイヴ・ムステイン(vo、g)率いるアメリカのメガデスは、最も好きなスラッシュメタルバンドの一つだった。幼き日の私にとって、ムステインの生涯そのものが衝撃に値したことを鮮明に覚えている。メガデスはこれまでに何度も蘇ってきた不滅のヘヴィメタルバンドであるが、その姿こそが、ヘヴィメタルの永遠性を私に強く意識させたのかも知れない。
 当然の如く、この世界の物質的な存在は何れ滅び去るが、ヘヴィメタルやローマ等の偉大な文化や文明は、永遠に記憶に残り、続いていくと思い込んでしまう不思議な個所がある。それともロバート・ワイズの『The Day the Earth Stood Still(邦題:地球が制止する日)』で語られているように、「宇宙ではすべてが消えることなく形を変える」のだろうか。謎は尽きない。
 メガデスに話を戻そう。私はメガデスのアルバムを殆どすべて聴いている。最も最初に聴いたアルバムは『The System Has Failed』(2004)だったような記憶がある。この作品は、インテレクチュアル・スラッシュメタル──ファンは"知的な"スラッシュメタルをこう呼んだ──を代表する傑作である。また、ムステインのソロ名義で発表された問題作であり、メガデスの歴史の中で、最も精神的で暗い作品でもある。当時、社会という巨大な法廷の前に放り出された私は、本作の内容に表現された皮肉やムステイン自身の社会との葛藤に共感を覚えた。まるで、この作品は、アメリカの肥大した社会体制によって蔑にされた病的精神の収容所とでも形容すべきものである。歳月は過ぎ去ったが、私は今でもこの"問題作"を視聴し続けていることを、最後に付け加えておくとしよう。

▶「The System Has Failed」(2004) Megadeth
ザ・システム・ハズ・フェイルド


▼続きを読む

Column the Column

volume 8. 27 March: 2011


 ほぼ掲載が不定期となってしまった『METAL EPIC』誌の「コラム・ザ・コラム」であるが、今回は、エピックメタルのごく簡潔な質疑応答の内容を収録する。


──エピックメタルという分野は、音楽業界的にも殆ど認知されていないようですが、いかがでしょう。
コスマン:エピックメタルの原型であるヘヴィメタルが社会的に上手く認知されていない以上、エピックメタルの認知は絶望的といえる。一般人が抱くヘヴィメタルというイメージ自体に多くの誤りがあるため、正しい情報を得るのは難しい。
──その誤りとは、ヘヴィメタルの表面的な部分を捉えた社会の反応のことでしょうか。
コスマン:ヘヴィメタルが社会的に真摯に受け止められることは多くない。偏見や誤解が渦巻いている。ヘヴィメタルの大仰な音楽性において、時代性が欠如しているという意見や、耳を疑うという意見が見受けられる。エピックメタルに関してはなおさらのこと。現代、絶滅へとゆっくり進んでいる「*ヒロイック・ファンタジー」の世界を真剣に描こうというエピック界の動きは、社会性や時代性を考慮した人々には甚だ理解に苦しむ。音楽とはエンターテイメントであり、軽快で難儀なテーマを込めず、日々の疲れを癒す気分転換の分野。多くの人々は昔からそのように音楽と触れあってきた。
──あなたの疑問は、ヘヴィメタルが世俗的に誤解されており、それを正すべきだ、そう聞こえますが。
コスマン:ヘヴィメタルが真摯な音楽であり、恰も宗教の如く地下で支持を得ている現状がある。ヘヴィメタルによって明かされた真実は数知れず、その多くが日の目を見ることなく暗闇に失われた。その真実を葬ったものが時の蚕食であるのか、社会の弾圧によるものであるのかは私も知るところではない。しかし、ヘヴィメタルに対して生涯を捧げ、命を落としていった者がいる以上、ヘヴィメタルの誤解を解くことは重要なことである。
──その誤解を解くことで、あなたにはどのような意味があるのでしょうか。あなたの個人的な感情のようにも聞こえますが。
コスマン:死者が安らかに眠りにつくことが出来る……。決して、私が語りたいのはそのようなことではない。私は過去の偉人らの軌跡を語り、その生涯を物語として語る。多くの人々が隠者の世迷い事と一蹴する戯言の中に、本当の真実が紛れ込んでいる。それに気付いた僅かな者が、──私がそうであったように──影の世界で何世紀後も彼らの伝説を物語っていくことであろう。
──詰まるところ、あなたはその不確かな目的のために、これまでエピックメタルを流布してきたということでしょうか。
コスマン:それが私に出来た唯一の真実に至る道であったのかも知れない……


*追記:ここで述べられたヒロイック・ファンタジーとは、E・R・バロウズやR・E・ハワードに連なる純血のSword and Sorceryのことで、コスマン博士は、現代に横行するハイ・ファンタジー作品との差別化としてこの言葉を用いたのだと思われる。
▼続きを読む