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The Review of Bal-Sagoth

from 2012.03.08...

我々が尊敬してやまないイギリスのウォーメタルの怪物、バルサゴス。
ここではバルサゴスに関する記事をまとめたので、参考にしていただければ幸いである。


■アルバム・レビュー

バルサゴスの全アルバムのレビュー。

1st Album:『レムリアの空に浮かぶ《黒き月》』(A Black Moon Broods Over Lemuria,1995)
2nd Album:『ウルティマ=テューレの氷に覆われし玉座の頭上にて燃え盛る《星の炎》』(Starfire Burning Upon The Ice-Veiled Throne Of Ultima Thule,1996)
3rd Album:『戦いの魔法』(Battle Magic,1998)
4th Album:『宇宙の力』(The Power Cosmic,1999)
5th Album:『アトランティスの勃興』(Atlantis Ascendant,2001)
6th Album:『冥界歴程』(The Chthonic Chronicles,2006)


■コラム

バルサゴスに関係する記事を摘出。

メタル・レジェンズ:「詩人」バイロン・ロバーツ
イントロダクション~第一回 「バルサゴスについて語る」
コラム・ザ・コラム:第9号「宗教が終りを迎える時」
用語集1 「ロバート・E・ハワード」
用語集2 「H・P・ラヴクラフト」
用語集3 「エドガー・ライス・バローズ」
2010年5月5日
画廊:バイロン卿
バルサゴス検定【上級編】
バルサゴスのレビュー完全版、完成
バルサゴス、過去作の再販決定
Bal-Sagoth:4th「The Power Cosmic」、5th「Atlantis Ascendant」、6th「The Chthonic Chronicles」再販(2011~2012)
バルサゴスのレビューの移動について



Review by Cosman Bradley
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-Byron Roberts-




Byron1 「耳を澄ませ、壮麗なる帝国の息子たちよ。 ここで我らは血の原野に立つ。我らはこの日死ぬかも知れないが、 我らの伝説は永久に残るだろう」

THE SPLENDOUR OF A THOUSAND SWORDS GLEAMING BENEATH THE BLAZON OF THE HYPERBOREAN EMPIRE (Part II: The Dark Liege Of Chaos Is Unleashed At The Ensorcelled Shrine Of A'zura-Kai)より


バイロン・ロバーツ...
イングランド中部に位置するヨークシャーのシェフィールドに生まれたこの英国人こそ、後に窮極のエピック・ヘヴィメタルを創造することになる、この偉大な物語の主人公である。彼の出身はシェフィールドだが、長年カナダのカンタリオで過ごしたという環境によって、英国人との二重国籍を得たという過去を持つ男だ。この物語は、彼が作り上げた天武のエピック・メタルバンド、BAL-SAGOTH(以下バルサゴス)の栄光の歴史と照合しているものであり...




Episode I:知識の探求

 彼がまだバルサゴスを創造する以前のこと。この頃の彼は、故郷のシェフィールドハラム大学に通い、勉学に励んでいた。彼は大学に通う中で、幻想パルプ誌、SF、コズミックホラー等の神秘的な文学に深く魅了されていた。この時期に彼が培った多くの知識は、後のバルサゴスに強く影響することになる。社会一般的な学問の追求が渦巻くという中、彼が最も好んだのは、過去の偉大な作家達の物語を読むことだった。過去の偉大な作家達とは、幻想怪奇小説の基礎を作り上げた最も優れた小説家達に他ならない。彼は知性のある人物だった。彼が呼んだ小説はとてつもない多岐に渡る。ヒロイックファンタジーの生みの親であるロバート・E・ハワード、20世紀最高の怪奇小説かと称されるH.P.ラヴクラフト、SFとヒロイックファンタジーの原型を創ったエドガー・ライス・バローズ、バルサゴスの伝説的三部作の舞台となる《ハイパーボリア》を誕生させたクラーク・A・スミス、母国の誇るべき幻想小説化デイビッド・ゲメル、バイロンも大ファンであるアメリカン・コミックスの第一人者スタンリー、そのスタンリーと並ぶコミック界の王者ジャック・カービー、スター・ウォーズの生みの親ジョージ・ルーカス、 歴史とSFを組み合わせた壮大なる惑星デューンを描いたフランク・ハーバート、 史上最高のSF作家であるアーサー・C・クラーク……とその例を挙げればきりがない。それがまるで、バルサゴスの物語の多次元性を先駆けて表しているかのように。彼はそれら過去の偉大なる作家達の作品をほぼすべて愛読し、人間の生涯で最も重要な知識を得たのだった。そして作家達から得た膨大な知識は、大学でH.P.ラブクラフトの作品の論文の執筆へと繋がり、結果シェフィールドハラム大学を首席で卒業するという偉業をも成し遂げた。彼の神秘的文学に対する考察は、周囲の人間達が認めるまでに甚大なものとなっていったのだ。しかしこれまで、宇宙的恐怖の畏怖すべき論文で主席を獲得するという異例の事態が多々あっただろうか?彼は大学で、一応の成功を収めたといえる。だがバイロン・ロバーツは、その成功を大して誇るわけでもなく、更なる知識の探求のために奔走した。バイロンは周囲が何と言おうと、結果などには無関心な男だったのだ。時間を得た彼は、長年続けていた中世の戦いの再現に努めた。経歴には、彼が幾つかの中世のクラブに実際に所属していたという記録が残っている。その探求は、半ば伝説的な中世暗黒時代に始まり、十字軍らの13世紀、ルネッサンスが花開く15世紀頃まで及んだ。このようにして、バイロン・ロバーツの初期時代は専ら知識の探求に時間を費やされていったのである。しかしやがてはその探索も終わりを告げる時がやってこようとしていた。彼は自らの得た知識を思い返した。知的な好奇心から始まった神秘の探求は、過去の幻想小説家に出会うきっかけを与え、果ては中世の戦いの再現にまで繋がった。しかしその先はあるのだろうか?既にバイロンは全ての時代、時間軸の物語を読んでいたため、あらゆる物語の創造が可能だった。彼は挑戦的だった。多くを知ったのなら、その全てを網羅すればよいのだ。自らに絶大な影響を与えたソードアンドソーサリー(ヒロイックファンタジー)、SF、古代の伝説及び神話を、崇高なるデス・ブラックメタルの闇の交響曲で表現することはできないだろうか。デス・ブラックメタルは地下世界でカルト的な支持を得ていた荘厳なる音楽形態の一つの完成系だった。彼は、それが自分の究極の理想を現実味のあるものに、より具体性を持って近づけてくれるものだと早急に悟ったのだ。結果彼は一つのアイデアに思い当った。それが、バルサゴスというバンドの起動である。実に1989年のことであった。


Episode II:バルサゴスの勃興

 バイロン・ロバーツ、彼が標榜したのは、簡略化すれば過去の偉大なる幻想怪奇の生み出した半ば伝説的な世界観を、ヘヴィメタルのサウンドで描く事だった。博学な彼は、特にロバート・E・ハワード、H.P.ラヴクラフト、エドガー・ライス・バローズ等の作家達をこよなく愛した。ソードアンドソーサリーを確立したのはハワードだった。バイロンは、人間の根本的な闘争本能を刺激するハワードの作品に強く影響を受けていた。そして、バイロンは構想して間もない自らのプロジェクトを、ハワードの1931年に発表された短編小説「バル=サゴスの神々(The Gods of Bal Sagoth)」から拝借して、BAL-SAGOTH(バルサゴス)と名付けた。この作品が始めに発表されたのは、パルプ幻想雑誌「Weird Tales」だった。彼の尊敬する作家の殆どが、この伝説的なパルプ雑誌の出身であった。ハワードとて例外ではなく、ここでいうバル=サゴスとは、世界最古の王国の名である。この神秘的な名前によって、バイロンのプロジェクトは既に奇妙な高貴を宿していたのだ。しかし、彼のプロジェクトは難航した。なぜなら、彼が追求した「ダークファンタジー、SF、古代の神話及び伝説を描くヘヴィメタルバンド」は、あまりにも壮大で途方もないものだった。過去の作家たちが築き上げた幻想怪奇の世界は驚くほど多岐に渡っており、例えその一つをメタルで表現しきったとしても、そのすべてを描き切るのはほぼ不可能に近かった。バイロンはハワードの英雄叙事詩の世界とヘヴィメタルとの音楽性の間にある共通点を見出してはいたが、何もかもが揃っていなかった。この素晴らしく好戦的な世界観をメタルに持ち込めば、間違いなく今まで誰も挑戦したことのない、唯一無二のエピックメタルが誕生するはずだった。しかしそこで新たな問題が浮上した。歌詞だった。偉大なる過去の作家達を崇拝しているバイロンであったが、そこにオリジナリティを持ち込むのには心底苦労した。彼は今まで得た知識を、全てがリンクする一つの叙事詩的物語として構想した。これは彼の創作だった。多元宇宙(The Multiverse、The Omniverse)……バイロンは自らの断片的世界をそう名付けた。多元宇宙の最初の時代は、アンティディルビア(Antediluvia、ノアの大洪水以前)と呼ばれ、今は失われた煌く都邑、剣と魔法が生きていた頃の時代である。物語の大半はこの時間軸で展開された。それというのも、バイロンが最も追求したのがこのアンティディルビアの時代だったからだ。結果、創作の中で完成していった叙事詩は、過去の作家達の集大成とも呼べるまでに窮極的な広がりを見せ、バイロンは自らの創作をまだプロトタイプの状態だったデス・ブラックメタルに持ち込んだ。紆余曲折あったが、バイロンは着実にバルサゴスの起動に向かって前進していたのだった。しかし、その壮絶な世界観を音楽的な技術で表現しきる適切なミュージシャンは、遂に集まらなかった。一旦、バイロンは自らのプロジェクトを断念するところまで落ち込んだ。だがバルサゴスの神々は、この知識の探索者を見捨ててはいなかったのだ。1993年、彼にとって大きな転機が訪れる。それはイギリスのミュージシャン、ジョニー・モードリング(Jonny Maudling)との出会いだった。彼との出会いは、バイロンの夢を現実に近付けた。音楽一家に"ジョナサン"モードリングとして生まれた彼は、幼少からピアノ等のクラシックの教育を受け、成長するにつれ好んだワーグナー、チャイコフスキー、ホルスト等の本格的な作曲家達の影響を顕著に残す、天武の音楽家だった。彼の交響的要素にバイロンの詞世界が加われば、遂にバルサゴスは完成するのだ。更に、ジョニーには兄弟がいた。ギタリストのクリス・モードリングである。ジョニー同様、彼も恐るべき技量を秘めた未発掘のギタリストであった。そして幸運なバイロンは、彼諸共バンドに引き込むのだった。バルサゴスを起動させるきっかけを作ったこの素晴らしい兄弟は、モードリング兄弟として以後親しまれていく。こうしてバンドの基盤を得たバイロンことバルサゴスは、遂に本格起動を開始する。手始めに自主制作のデモを同年に発表。サウンドはまだ試作段階の純粋なブラックだったが、既に神秘的な雰囲気を醸していた。そして1995年、バイロンは長年夢見た1stアルバムを遂にアンダーグラウンドのレーベル、カコフォノスよりリリースしたのだった。記念すべき1stには「A Black Moon Broods Over Lemuria」と題されたタイトルが冠された。そう、ここより、バルサゴスの栄光の時代が幕あけるのである……


Episode III:バイロン卿の遺産

 最大の勝利者である《時》は過ぎ去り、バルサゴスは現在までに六枚の遺産を残した。ここにある彼らの記念碑的なアルバムの軌跡は、この私、コスマン・ブラッドリーが苦労の末に記したものである。バルサゴスの栄光を永遠に記録するために;

Episode Ⅳ(1st Album):『レムリアの空に浮かぶ《黒き月》』(A Black Moon Broods Over Lemuria,1995)
Episode Ⅴ(2nd Album):『ウルティマ=テューレの氷に覆われし玉座の頭上にて燃え盛る《星の炎》』(Starfire Burning Upon The Ice-Veiled Throne Of Ultima Thule,1996)
Episode Ⅵ(3rd Album):『戦いの魔法』(Battle Magic,1998)
Episode Ⅶ(4th Album):『宇宙の力』(The Power Cosmic,1999)
Episode Ⅷ(5th Album):『アトランティスの勃興』(Atlantis Ascendant,2001)
Episode Ⅸ(6th Album):『冥界歴程』(The Chthonic Chronicles,2006)


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Sinners in the Hands of An Angry God



Country: United States
Type: Full-length
Release: 1997
Reviews: 90%
Genre: Epic Metal


ローディアン・ガードの1997年発表の2nd。


元ウォーロード(WARLORD)のギタリスト、"デストロイヤー"ウィリアム・ティミス(William Tsamis:g)を中心とするエピックメタル・バンドということは既に第一作目のレビューに書いた通りである。ローディアン・ガードの第2作『Sinners in the Hands of an Angry God』は、女性ヴォーカルのヴィダン・セイヤー・リメンシュナイダー(Vidonne Sayre Riemenschneider:vo)の魔女を想起させる歌声が非常にサウンドにマッチしているという点においては、第一作目を軽く凌駕している。しかしここまで重厚かつ深遠な叙事詩的世界を築いているのにも関わらず、メンバー・クレジットがこの二人だけという事実には驚かされる。例によってデストロイヤーはベースも兼任している。
前作『Lordian Guard』(1995)より更にキリスト教的な宗教観が顕著に表れたアルバム・ジャケットを見る限り、いよいよローディアン・ガードも本領を発揮してきた。本作『Sinners in the Hands of an Angry God』では、恰も宗教絵画のような深遠な世界が様式美を極めた静寂のエピックメタルという筆で描かれているのだ。このように解釈すると前作は手抜きであったのかという問題が浮上するが、前作の完成度の高さは既に熱心なマニアたちには伝わっていることであろう。ただマイナー故に音質が酷かっただけに過ぎない。そのためか、ローディアン・ガードの作品がリマスター再販されたとの情報が我々には伝わっているのだが、年代までは網羅されてはいなかった。やはりここまでマニアックなバンドとなると、情報も不足しがちで読者に詳細に伝えきれない部分が必ずしも生じてくる。
話は飛んだが、やはり今作もエピックメタル・ファンにとっては喉から手が出るほど欲しい名作である。楽曲が長尺になり、めまぐるしい劇的な展開を見せる点からも、本作が魅力的な作品であることの証明になる。6分以上の曲は3曲、そのうち名曲#6は10分に及ぶ大作である。更に、大仰なまでに耽美的なメロディを連続して繰り出し、徹底した中世・ルネッサンスへの傾向を示す。
これがカルト・エピック・メタルの最高峰である…



1. Battle of the Living Dead
ドラマティックかつエピカルなサウンドをいかんなく発揮した名曲。特別アグレッションがあるわけでもないのだが、楽曲の持つ幻想的な雰囲気、様式美を煮詰めたメロディアスな世界観に放心。極めてエピカルな曲だ。
2. Behold A Pale Horse
およそ8分に及ぶ大作。重厚な世界を厳かな旋律で綴る。あまりにも暗く一貫した内容には脱帽せざるを得ない。
3. Stygian Passage
既に冒頭のイントロ・パートのみでも異様なメロディを奏でている。ヴィダン・セイヤー・リメンシュナイダーの成長は著しいが、叙情的なメロディの使い方も巧い。
4. Golgotha (The Place of the Skull)
やや軽薄なナンバー。重厚なリフが欠落しているわけだが、それでも雰囲気はローディアン・ガード特有のカルト的なものを醸す。
5. Father
パワーメタルらしく疾走せずに、ゆったりとした曲調でドラマティックな展開をするのが本作の特徴である。ここにあるのは極めて繊細かつシリアスな世界だ。
6. Sinners in the Hands of an Angry God
冒頭のSE、語りで幕開ける。驚異的なまでに宗教的な世界とエピカルな方向性を網羅した名曲。10分に及ぶ大作で、ゆったりと大仰なメロディが紡がれていく様は異様ですらある。笛を想起させるメロディも雰囲気を醸す。またヴォーカルの魔女のような歌声が非常にマッチしている。
7. Children of the King
悲壮感に満ち溢れたリードギターの旋律が特徴的。本曲の穏やかな内容には、宗教的な静寂が表現されている。


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Lordian Guard



Country: United States
Type: Full-length
Release: 1995
Reviews: 95%
Genre: Epic Metal


アメリカ発祥、クリスチャン・エピック・メタルの創造主、ローディアン・ガードの1995年発表の1st。


"この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された"
 ──『ヨハネの黙示録』12章12-9節



「ウォーロードの中心人物であったデストロイヤーが結成したバンド」という売り文句のみで判断し、我々エピック・メタル・ファンの期待にそぐわない、ということはまずあり得ない作品。エピックメタルの覇者ウォーロード(WARLORD)の解散後、ブレインであったギタリスト、"デストロイヤー"ウィリアム・チャミス(William j.Tsamis:g)がこのローディアン・ガードを結成した。ヴァーカルには妻ヴィダン・セイヤー・リメンシュナイダー(Vidonne Sayre Riemenschneider:vo)を迎える。バンド名のローディアン・ガードとは、大天使ミカエルが従える神聖な守護者のことを指す。

サウンドは非常にシンプルなもの。ウォーロードを踏襲したメロディックでシリアスなカルト・エピック・メタルのサウンドに、ブラック・メタルとは対極する真性のキリスト的宗教観を加味、そして、そこに一見魔女のような女性ヴォーカルを導入する。本作の見事なまでに伝統的で神秘的なエピック・メタル・サウンドは、聴き手に対し頗る深淵に響く。楽曲のメロディに関しても、宗教的なカルト性に満ち溢れ、いかにローディアン・ガードの音楽性が独自性を持ったものであるかがよく表現されている。またウォーロード時代と比べ、神の洗礼を受けたウィリアム・チャミスのリードギターは遥かに磨きがかかっている。バックや楽曲の冒頭にはキーボードが効果的に用いられ、エピカルな世界観の厳かさも高められている。
カルト的なエピック・メタルながら本作収録の楽曲の完成度はどれも度肝を抜くもので、特にオープニングを飾る#1"War in Heaven"、大仰極まりない#3"Lost Archangel"等の名曲は神曲的位置にまで押し上げることが出来る。敬虔なクリスチャン以外が生み出すことが絶対に不可能なこれらの神聖な楽曲群は、既に芸術の領域に達している(神学の勉強の末、実際にウィリアム・チャミスはクリスチャンとなっている)。我々がこの言葉を使うことは稀だが、本作『Lordian Guard』は真のカルト・エピック・メタル作品である。この作品が一般人の居住区の遥か地下に埋もれていることは幸運以外の何物でもない。



1. War in Heaven
魔王ルシファーと天使の軍勢との戦いを描く一大叙事詩。メロウなイントロに始まるローディアン・ガードにしてはキャッチーなナンバーである。アルバムの掴みとしてはこのくらいが良い。後半から始まる長尺なギターソロ・パートでは本領を発揮し、大仰さをまき散らす。ローディアン・ガードの辞書に「控える」という言葉は全く存在していない。最もそうなってしまった場合、エピック・メタル・バンドとしての価値は軽減されるのだが。
2. Winds of Thor
北欧民族の神話からインスパイア。冒頭の劇的なリードギターで悶絶は必至。タイトルに相応しく、北欧神話的な雰囲気も漂う、神秘的なエピック・ナンバーである。後にリメイクされ、本作の完成度を遥かに凌駕した素晴らしい名曲となっている。
3. Lost Archangel
創造主(神)によって天から追放され、後に地上で暴虐の限りを尽くすことになる魔王ルシファー。ここではルシファーが神の軍勢の前に敗れ去り、地獄まで落とされるその凄絶な様が描かれる。尺八のような音色で幕開け、大仰極まりないメロディが交錯するカルト・エピック・メタルの傑作。ヴォーカルの魔女のような声がカルト色を倍増させている事実は既に疑いようがない。中間部のギターソロ・パートは絶品悶絶。途轍もないエピカルさと宗教観を放出する楽曲である。
4. My Name Is Man
強烈なシンセサイザーの音色に導かれ、不気味かつ神秘的な世界を描くエピック・メタル。アコースティック・ギターの音色はルネッサンス音楽のムードも持つ。妖艶なヴォーカルも相変わらずだが、リードギターの旋律も哀愁を極める。耽美的な旋律は聴き手の悪しき魂を浄化すること必至。
5. Revelation XIX
包囲されるエルサレム。キリスト教の聖地に剣を振り上げることは、神に対して剣を振りかざすことと同じである。熱狂的な宗教観漂う神聖なエピック・ナンバーであり、他の追随を一切許さない世界観を披露。重厚なミドル・テンポで進み、眩暈のするような宗教的旋律を繰り返す。中間部には語りも導入する。
6. In Peace He Comes Again
アコースティック・バラード。中世風の雰囲気、純粋なルネッサンス音楽の要素すら漂う。


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このコラムで紹介した歴史を加筆・修正し、下記にサイトEPIC WARととしてまとめた。

この企画は前から私がやりたかったもので、本コラムではメタルとの関係性を交えての歴史紹介だったが、「EPIC WAR」では全くの歴史物語として読むことが出来るように編集した。なのでメタルとしての中世歴史ではなく、本来の歴史を記述してあるので注意していただきたい。つまりは純粋な中世史が楽しめるということである……


ではこの入口より
EPIC WARへ
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パーカッション(Percussion)

打楽器全般の名称。

一般的には、演奏者が手足やドラムスティックで、楽器を叩いたり、こすったりして音を発する楽器のことを指す。ドラムと混同されることが多いが、通常ドラムとは分けて考えられる。しかし実際にはドラムスとパーカッショニストを兼任している場合がほとんどである。
主な楽器としてはコンガ、ボンゴ、ティンパニ等が挙げられ、ラテン音楽を思わせる部分もある。

エピックメタルでの使用頻度:
どのメタルにもパーカッションは導入されている場合が多い。代表的なバンドはアングラやセパルトゥラ等のブラジルのバンドである。やはりラテン音楽が根底にある国々のメタルバンドにとって、パーカッションは馴染みの深い楽器のようである。そしてエピックメタルとの関係性であるが、繊細さを要するエピックメタルには、余り露骨なパーカッションが取り入れられることはないようである。よってパーカッションは味付け程度にとどまることが多い。その他余談としてだが、パーカッションはほぼ何でも楽器なるといっていい。そのため、自分のペ○スを楽器とし、パーカッションを行ったメタルバンドがいる(笑)。演奏者の名誉を重んじてあえて名前は伏せておこう。

参考作品:
ANGRA、SEPULTULA
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サウンド・エフェクト(SE)

主に効果音の総称。Sound Effectの略語がSEである。

SEは映画や演劇の演出として用いられてきた用法である。これは効果音であって、音楽ではない。
周囲の状況や環境をより具体的でリアリティに富んだものにするため用いられることが多く、その代表例がバトル・メタルよく聞かれる剣撃や馬の足音、はたまた銃撃音や鳥のさえずりにまで及ぶ。これらのSEは生録音から、シンセサイザーで制作する方法まである。

エピックメタルでの使用頻度:
SEこそエピックメタルの専売特許である。エピックメタルのアルバムでは、ストーリーの状況を伝えるためのSEが大寮に導入される場合が極めて多く、またその完成には必須といえる。具体的には、中世史を題材としたエピックアルバムの場合は先ほども上げた剣撃、馬の足音、砲撃のSE等がよく用いられ、ファンタジーものの場合には竜の咆哮、焚き火の音、しゃべり声まで挿入される。そうしたSEは、アルバムにおける効果的な情景描写にひどく貢献しており、一種の映画的演出にまで至る場合もある。その代表例がラプソディーやフェアリーランド等のファンタジーエピックメタルバンドである。彼らの作品を聴けば、SE最大の効果を感じることが出来るだろう。またヴァイキング系にもSEは多く導入されており、剣撃はもちろんのこと、波の音まで聴けるのだから面白い。代表格はフィンランドのムーンソロウだろう。彼らの音像からは、映画的になればなるほどSEの重要性が増すという事実がうかかえる。要するに、エピックメタルとSEはきっても切り離せない関係にあるということである。

参考作品:
MANOWAR、VIRGIN STEELE、SAUROM、THY MAJESTIE、RHAPSODY、FAIRYLAND、MOONSORROW、ENSIFERUM


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 異教徒のメタルは深く胸を打つ。この日私はそう感じた。いや何度もこれまでに感じていることなのであるが、今日は文章にしなければならなかった。そうしなければ、私はこの感覚を忘れてしまうだろう。私たちは幸運なことに、"文字で記録する"ことができるのである。


本日の成果:
Magni Blandinn Ok Megintiri
 知らぬ間に導かれているということがあるのだろうか。この日寝る前にふと目にとまったアルバムがこれだった。恐らくこのアルバムはこれで聴くのがたった三度目だったと記憶している。アイスランド、ドイツ混合のファールケンバックは真性のペイガン・メタルだ。遥か北欧のバルト海を思わせる雄大な曲調が、何か私の心臓を捉えていた。これは異教徒たちの真の世界である。聴いているうちに私は眠くなってしまった。それは決して本編が退屈というわけではなく、むしろ心地よい感覚だった。これが大昔のヴァイキング達が見た光景なのだろうか?ゆったりと時間が流れ、現実から遠い異郷の世界に誘われているような感覚と、雄大なビジョンを私は思い浮かべた。それはエピック・メタルが持つ不思議な一体感だった。私は多くのメタルを聴いているが、このような感覚はめったに体験しない(いや実際には常に感じているのかもしれない。それに気づかないだけなのだ)。今はその満足感だけで十分だった。

FALKENBACH 「Magni Blandinn Ok Megintiri」より



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RETURN TO VIKING...

 勇猛果敢で哀愁に満ちたサウンドで私達メタルファンのヒロイズムを鼓舞し続けるヴァイキングメタル。かつて、遥か北欧で生まれたというこのメタルには、様々な伝説が残っている。それは恰も彼らの故郷に叙事詩として伝わる、北欧のサガのようなものだ...


Hammerheart
 では、ヴァイキングメタルはいつ頃確立したのだろうか?これには様々な説がある。一部にはドイツのジャーマンメタルゴッド、RUNNING WILD(ランニングワイルド。1984年1st発表~現在まで活動を続ける。しかし、2009年に惜しまれつつも解散)だという向きもあるが、それは定かではない。ランニングワイルドは同国のホープBLIND GUARDIAN(ブラインド・ガーディアン。88年~現在まで活動)よりも早く、ヒロイックなケルトメロディをギターの旋律に用いていたことで知られる(もちろんこれはシン・リジィから来たものであり……)。
 このケルトメロディこそが、ヴァイキングメタルを形作る上で重要であった。なぜならケルト音階は、戦士特有の勇壮で哀愁溢れる美しさに満ちていたからだ。しかし、ケルティックな旋律がヴァイキングらしさを醸すのには、文化的な背景も考えられる。ケルト族は蛮族の勇者として数々の神話を残している上、中世のヴァイキング達は彼らの文様を斧のヘッドや剣の柄に用いていたという繋がりもある。このジャンルの場合、いやヘヴィメタルという特異な音楽には、文化的背景が必ず含まれているのだ。
 しかし、ヴァイキングメタルの一般的な始祖は、Bathory(バソリー)の「Hammerheart(ハンマーハート)」(1990)だと言われている。ヴァイキングの発祥地であるノルウェーより登場したバソリーはブラックメタルの重鎮であるが、この5th「Hammerheart」から北欧の壮大な世界観を描くようになった。それは歌詞にも表れており、タイトルからも分かる通り《北欧神話》について歌っていたのだ。これはヴァイキングメタルにおいて非常に重要な要素と言える。勇ましいサウンド、そして鋼のメタルに見合う歌詞は、神々や英雄たちの武勇を讃えるもの以外に相応しいものはない。これはエピックメタルにも共通する要素である。私は、ヒロイックな要素はメタルにのみ可能なのだと思えてならない。ヴァイキングメタルは最もヒロイックなメタルのスタイルであり、またメタルらしいのだ。このジャンルは、大きくエピックメタルと重なる部分があるが、それは当然と言えるだろう。何故なら、ヴァイキングメタル、エピックメタル双方はヒロイックなのだから……。


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 ヘヴィメタルという音楽におけるイメージを考慮してみよう。
 我々が抱くヘヴィメタルの一般的なイメージには、"攻撃的"要素と"暗い、重い"という世界観が挙げられる。いずれもヘヴィメタルという特異なジャンルを良く捉えている。イメージには常に具体性が求められるという訳である。このように第三者から客観視したヘヴィメタルのイメージには、大衆一般としての偏見や固定観念が必ずしも根底に潜んでいる。前に記述したスレイヤーの例がいい見本となってくれているが、今回はその"イメージ"として見落とされている、ヘヴィメタルの密かなる魅力について書いていくとしよう。


ブレイヴ・ニュー・ワールド
 ヘヴィメタルの攻撃的な音楽性のインパクトが先行するというケースは多い。実際にメタルを聴くとき、いかに速く、過激であるかが問われた時代もあった。スラッシュやデス系メタルのファンはその典型に位置するといえる。これはメタルファンとして刺激を求める最もな姿勢であり、メタルにおける速さやヘヴィネスの重要性を物語っている。加えてメタルには、シリアスな世界観が常に付きまとう。グルーヴィーなサウンドにヘヴィな世界観ともなれば、まさにそれは大人でも楽しめる音楽である。そしてそれに追随してくるのがドラマ性である。先述した攻撃的なサウンドに暗く重い世界観、そこにドラマティックな要素とくれば何かに思い当たる。そうこれは一種のストーリーだ。元来ヘヴィメタルには、"ただ過激な音楽をやっているのではない"という構造があった。それは世間一般には知られるはずもなかったが、熱心なファンのみが認知していた"隠れたメタルの魅力"だったのである。伝統的なメタルではこのドラマティックなサウンドを「硬派なドラマ性」と形容し、特にポピュラーな音楽に退屈しきっていた者たちには好まれた。その「硬派なドラマ性」はアイアンメイデンの時代にまで遡ることが出来る。ドラマティック・ヘヴィメタルにとって彼らはまさに第一人者だった。メイデンの硬派なサウンドとシリアスなドラマ性が多くのファンに認められているのは想像に容易な事実である。また彼らの場合は商業的な成功も収めているのだがら、ドラマ性を有するヘヴィメタルの需要が大きいという理論がより現実味を帯びてくる。また、こうしたシリアスなドラマティシズムを体現するメタルバンドには、根強いファンが付き易いというのも興味の対象だろう。メタルシーンに君臨するバンド達を考えてみると、そのバンド歴が長いメタルバンドほど、ドラマティックなサウンドを有しているというケースは非常に多い。しかし逆説的に、シーンを賑す若いバンド達も高水準なドラマ性を有しているのだから更に面白い。
 老舗メタルバンドと新鋭メタルバンドのドラマティシズムの違いは何であろうか。その答えを探すには、メタルバンドの区分けされたジャンルを確認するのが近道となってくる。多くの若いメタルバンド達がメロディック・パワー・メタルであるのに対し、老舗のメタルバンド達は正統派のスタイルをプレイしている。もちろんこの結果は必ずしも定説ではないということを付け加えておくが。要するに彼らのドラマ性の違いは"硬派の度合い"にある。アイアンメイデン、ジューダスプリースト、マノウォー、ランニングワイルド等が重厚なドラマ性を内包しているというのなら、ソナタ・アークティカ、ドラゴンランド、ダークムーア、フリーダムコール等のバンド達はより即効性のあるドラマ性を内包しているといえよう。ただ新旧どちらにも共通しているのは、それが素晴らしく魅力的なドラマティック・メタルということである。良質なアンダーグラウンドのメタルバンドが溢れ返る現在のヘヴィメタル・シーンでは、ドラマ性の選択すら、個人的な問題に過ぎないのだ。


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Northern Rage

本日の教科書:STORMWARRIOR 「Northern Rage」(2004) "Lindisfarne"
学ぶ歴史:リンディスファーン襲撃

ストームウォリアーのヴァイキング的な世界観は特筆に値する。サウンドは非常にジャーマニックなのだが、歌詞世界に北欧神話やヴァイキングの伝承を題材としている。彼らは本作2ndで、ヴァイキングの行為が歴史的に初めて表舞台に進出することになったリンディスファーン襲撃を描いている。蛮勇なサウンド諸共、そのヴァイキング行為の凄まじさ、衝撃が伝わってくる。ヴァイキングの歴史はこの793年の歴史的な事件によって始まり、1066年のヘイスティングスの戦いで幕を閉じるというのが一般的な定説である。では、戦いの神オーディンに導かれた彼らの旅路を辿ってみるとしよう。


エレミヤの信託:
主は我に告げられた。"北より災いが起こり、この地に住まうもの全ての上に臨むであろう"と。


8世紀の後半、ノーサンブリアのリンディスファーンは比類なきキリスト教徒の聖地だった。
リンディスファーンは北部イングランドにおけるキリスト教化が始まった記念すべき地であり、リンディスファーンのケルト教会修道院にかつて住まっていたという聖人アダイン、聖カスバードの驚異的な遺品と遺骨が収められていた。この二人の偉大なキリスト教徒は、7世紀にこの教会に住み、貞淑な生涯を送りキリストの辛抱者に崇められていたのだった。しかし紀元793年、このノーサンブリアの地にて恐るべき前兆が巻き起こり、神聖なる聖職者らの聖地を天変地異の如く揺るがした。アングロ・サクソンの伝説的な年代記にはこの災いの光景を、空を駆け抜ける広大なる光の帯、暴風の如き旋風、更には天空を超えて飛び灼熱の炎を吐く竜の姿として表した。すぐさまこれらの畏怖すべき出来事に続き、肥沃だった聖地ノーサンブリアには異例の大凶作が訪れ、キリスト教の修道士らを恐怖の深淵へと叩き落とした。そしてキリスト教徒達の世界では窮極的に信じ得ない冒涜的な出来事が、この年の6月8日にリンディスファーンを襲ったのであった。恐るべき異教徒達はキリスト教の神の住まう聖地リンディスファーンに猛然と襲い掛かり、鬼神の如き剣撃の乱舞で神に仕える聖職者達の純白の法衣を血祭りにあげたのだった。



の異教徒は荒れ狂う海より来った。
三隻の船に乗った北の男達の共同体の戦士が、イングランド人を始めて襲ったのは787年のことだった。この記録はヴァイキングの時代の先史として、アングロ・サクソン年代記に刻まれた。そして793年、北の男達の共同体は北イングランド、ノーサンブリアのリンディスファーンへの襲撃を決行した。竜頭を持つ船体に赤と白の帆を掲げ、ヴァイキングの男達は住み慣れた故郷を去り海を越えた。彼らは戦士達の故郷、古代スカンディナビアの根本的な民族伝承である北欧神話から得た教訓を胸に抱き旅立ったのだった。キリスト教徒から異教だと見なされたこの偉大なる神話は、戦いに明け暮れる神々と英雄らの叙事詩を綴ったもので、遥か昔から北欧人の精神に根付いていた。北の男達の共同体の戦士達にとって最強の神であり、全ての神の頂点に立つ最高神オーディンは彼らの願いを聞き入れたのか如く航海を助け、彼らが偉大なる栄光を得るべき土地を定められた……その名はリンディスファーン。幾多の窮地を潜り抜け、遂にノーサンブリアの孤島、リンディスファーンの地にやってきたヴァイキングの戦士らを出迎えたのは、なんとも脆弱な僧服に身を包んだ修道士たちだった。島の修道士たちはキリストの神の教え"法"に従い、ヴァイキング達から税を取り上げるために海岸へ出向いたのだった。しかしその考えは間違っていた。北の男達は美しく装飾された鋼鉄の長剣を抜き放つと、聖人らを皆殺しにした。まず彼らは海岸を襲い、瞬く間に切り落とされた残骸が周囲に転がった。神に祈ることしかできなかった修道士たちの前に振りおろされた冷たき鋼鉄の剣の一撃は、深くその身に食い込んだ。リンディスファーンの修道士達が信じたキリスト教の神は、ヴァイキングの齎した凄絶なる"恐怖"という現実には、何の力も持たなかったのである。そして神をも恐れぬ北の男達は、恐怖を恐れぬことが勝利者への確実なる条件だというのなら、彼らはまさに最大の勝利者だった。海岸を荒らし回った彼らは、遂には修道士らの聖なる教会にも襲いかかった。リンディスファーンの教会には、何世代にも渡って聖人らが収めてきた莫大な黄金、銀、宝石等で溢れ返っていた。修道院を徹底的に蹂躙し、祭壇を破壊した北の男達は戦利品として、その強大な富を手にした。戦いの神オーディンに定められた通り、この地に来ったヴァイキングの戦士達は莫大な遺品を舟で持ち帰ったのである。遂に災いはこの聖地に訪れ、島の司祭らは反撃する術もなかった。修道士らが身を守るために掲げた聖カスバードの十字架は、ヴァイキングの戦士らにとってはただ意味のない石の塊に過ぎなかった。彼らは何故武器を持たなかったのか。答えは実に簡単なものだった。神を恐れる精神を持つリンディスファーンの修道士達は、このキリスト教の比類なき聖地を襲撃するなど想像もできなかったため、かの地には剣で武装した人間など一人もいなかったのだ。この北の嵐の後、リンディスファーンの修道士達は残された聖カスバートの遺物を持って、島を逃れ北イングランドを当てもなく彷徨ったという。



エピローグ...

かくして北の嵐、そして北の竜は猛威をふるい、予言は果たされた。635年に創設されたこの聖地リンディスファーンの教会にかつてこのような災厄が訪れたことはなかった。教会は300年以上をも平和を保っていた。793年6月8日のリンディスファーン襲撃はキリスト教徒の世界に想像もつかない暗い絶望を投げかけ、影が支配者となった。このキリスト教徒の世界にとって最大の冒涜行為を行った者達はデーン・ヴァイキング、北の男達の共同体の一部だった。リンディスファーンを発端として、後300年、北の嵐が収まることはなかった。彼らは生まれた時オーディンに、何物も恐れず屈しない意思と敵を殺す力とを授かっていたのだ。
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Tunes of War

本日の教科書:GRAVE DIGGER 「TUNES OF WAR」(1996) "William Wallace (Braveheart)"
学ぶ歴史:ウィリアム・ウォレス

グレイブディガーの中世三部作の第一作目に当たるこのアルバムは、大変興味深い内容を持っている。実際にはスコットランドの歴史が綴られているのだが、どれも悲劇的で壮絶なものばかりだ。今回はそのスコットランド史から、私が特に魅かれている英雄ウィリアム・ウォレスの物語を語っていこう。 ウォレスに代表されるように、英雄には愛国者が多い。スペインのエル・シドもそうである。彼らには常に考えさせられる。こういった歴史へのきっかけがメタルからというのも、新鮮ではないだろうか。


スコットランドの民のために杯を掲げよ:


ィリアム・ウォレスは1297年、スターリング・ブリッジの戦いで英国軍に歴史的な勝利を収めた。
スコットランドの総督であるアンドリュー・マリーに協力するという形での戦闘だったが、彼の名と勇敢な戦いぶりはスコットランド国中に鬨の声の如く木霊した。ウィリアム・ウォレスは平民出身の戦士で、スコットランドの愛国者だった。このウィリアム・ウォレスの英国への反逆は、今まで残虐非道な英国王エドワード1世(通称"長脛のエドワード")の横暴に耐え忍んできたスコットランドの民に勇気を与え、やがて独立への戦いへと駆り立てた。死か栄光か。彼らは母国と、そして長年英国に剥奪されていた自由を取り戻すため、スコットランドの民族が先祖より好んだ長剣と円盾タージェを手に取り戦った。スコットランドの戦士に古くから伝わる勇猛果敢なハイランド人の血が、甲冑で身を固めた強大なる英国兵に立ち向かう"勇敢なる心(ブレイブハート)"を戦場で彼らに分かち与えた。誇り高きスコットランドの戦士達は、スコットランドの独立という一つの理念の下に団結し、英国に立ち向かったのだった。ウォレスが始めた戦いは熾烈を極めたが、神はこの心底真っ直ぐな愛国者に微笑んでいた。最も、それは始めの内だけであったが…。


ターリングでの大勝利に続き、スコットランド軍は英国軍に対して劇的な勝利を重ねた。
ノーサンバランド、次いでカンバランドがウォレスの率いるスコットランド軍の餌食となった。同年の1297年の内に、スコットランド軍は英国に占領された領地の大半を奪い返した。この蛮勇な行為は無論、ウォレスによるところが大きかった。ウィリアム・ウォレスは、スコットランドに伝わる伝説的な戦士ハイランダーを象徴するような驚異的な功績で、次のスコットランド王と名高いロバート・ザ・ブルースから騎士と「スコットランドの守護者」の称号を受け取った。



ォレスという男については様々なことが伝えられている。
しかし果たしてそれが事実なのか嘘なのか、誰も答えを知る者はいない。彼は本当は貴族の出身だとか、殺された恋人の復讐のために戦いを始めたとか言われているが、真相は闇に葬り去られた。なぜなら、「歴史とは常に英雄を葬った側から書かれる」からだ。そう、スコットランドの勝利も長くは続かなかった。


ォルカークの戦いは、1298年に勃発した。
この戦いでウィリアム・ウォレスは英国軍に大敗を喫する。賢い長脛のエドワードはウォレスの必勝法であるシルトロンに対し、ロングボウ大隊の凄まじい一斉射撃によって、殆ど損害を被ることなくこれを打ち破ったのだった。英国王エドワード1世は、残虐だが優れた王であることに変わりはなかった。この大敗をきっかけにしてイングランドは再び勢力を盛り返し、スコットランド軍は徐々に力を失っていった。だがウォレスは諦めなかった。その後もウォレスは独自にゲリラ戦を展開し、母国の独立のために戦い続けた。彼の真鍮作りの簡素な長剣が、一体何百人の英国兵の血をすすったことであろうか。しかし1305年、遂に彼も神に見放された。愛するスコットランドの本の一握りの邪悪な貴族らによって裏切られたウォレスは、グラスゴーで英国兵に反逆者として捕らえられ、8月23日のロンドンにて処刑された。そのやり方は"四つ裂き"という、極めて残虐な方法であった。彼の分断された四肢の内、頭はロンドン橋の上に晒された。ウォレスの死刑は、スコットランドの民のすべてに、見せしめとして行われたのだ。



ィリアム・ウォレスは死んだ。
英国には反逆者、スコットランドには英雄として。しかし物語はここで終わりではない。ウォレスは肉体としては死んだが、彼の自由を求める精神は残されたスコットランドの民に受け継がれた。スコットランドでは誰もが彼の行為のすべてを讃え、また涙した。ウィリアム・ウォレス、彼は本当の人生を送った数少ない人間の一人だった。英国軍は彼から命を奪うことはできたが、彼の自由を奪うことはできなかったのである。ウォレスが常に掲げた"スコットランドの独立"、それは必ず成し遂げなければならないものであった。そのウォレスの崇高な精神は、人脈が集まりつつあった後の王、ロバート・ザ・ブルースにも受け継がれた。ロバート・ザ・ブルースは一時は英国側についたりと、母国スコットランドに対して不鮮明な部分があったが、もはやスコットランドのためにしっかりと信念をもたなくてはならなかった。ブルースは1306年、ロバート1世として王位を宣言したが、失敗し北アイルランド沖のラスリン島に逃れた。その時洞窟で、「蜘蛛が巣を破られても、何度も張りなおす」のを見て、再起を決心したのだった。その決心とはスコットランドの民を王としてまとめ、英国に対して独立のための最後の戦いを行うことであった。そしてスコットランドにとって絶好お機会が舞い込む。1307年、スコットランドを苦しめた英国王エドワード1世が病死。後に王座に就いエドワード2世が、戦術と知略に富んだ前王よりも劣っていたのは誰の目にも明らかだった。スコットランドはブルースの下に再び団結し始め、独立に大きく踏み出すこととなった。ブルースはウォレスの展開したゲリラ戦を受け継ぎ、時間をかけて確実に弱体化した英国の拠点を押さえていった。遂に1310年には、ロバート・ザ・ブルースが正式なスコットランドの王として、全スコットランドの民に認められるに至ったのである。



して1314年、物語は終わりを迎える。
ブルース率いるスコットランド軍はバノックバーンにて、約3倍もの数の英国軍に対峙していた。この時、英国王エドワード2世はスコットランドを更に侵略するべくスコットランドに猛攻を仕掛けてきた。英国軍の騎士らは上手く統制がとれていなかったが、しかしおよそ25000人の大軍は集結したスコットランド7000人の勇士達にとっては圧倒的だった。しかしスコットランドの戦士達は死など恐れてはいなかった。母国の独立のためなら、死など彼らにとっては安かった。バノックバーンの原野に立つ彼らの雄姿は、本当の意味での愛国者だった。そう、かつてのウォレスもそうだったのだ。このスコットランドの人達の英雄的な行為、思いは比類なき戦士としての勇猛果敢さを生み、数でははるかに上回る英国軍を相手に善戦した。そして遂に、長き戦いの末、スコットランドは6月24日ここバノックバーンにて、英国軍に勝利したのであった。



エピローグ...

「我々は富のためでもない、栄光のためでもない、自由のために戦っているのだ」
スコットランド王、ロバート・ザ・ブルースはこう言い残した。この言葉にはウォレスの精神が息づいているのが分かる。英雄ウィリアム・ウォレスが1297年に始めたスコットランド独立戦争は、1314年のロバート・ザ・ブルースのバノックバーンでの勝利で幕を閉じる。1314年、スコットランドは遂に自由を手にしたのである。
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Legado de Juglares



Country: Spain
Type: Full-length
Release: 2004
Reviews: 86%
Genre: Epic Folk Metal


スペイン随一の笛使い、サウロム・ラムダースの3rdアルバム。2004年発表。


彼らは2006年、SAUROM LAMDERTH(サウロム・ラムダース)からSAUROM(サウロム)と名前を改めた際に、本作のロゴを差し替えボーナスCD付きの2CD仕様で再販した。再販盤はデジパック仕様で豪華な仕上がりである。私が所有しているのがこの再販盤。器用なことにボーナスCDにも「Sinfonias de Los Bosques」というタイトルが付いている。 なお、現在では、本作のデジタルミュージック版がダウンロード可能。入手困難なアルバムにはこの方法を使うしかない。

本作は初期サウロム・ラムダースの集大成的作品で、以後よりメロディック・パワー・メタルのスタイルへと大きく飛躍を遂げていくサウロムの民謡サウンドは見おさめ的な意味合いも持つ(といっても、改名後の彼らは民謡調メロディを上手くパワーメタルに合わせている。改名後のスタイルについては後のレビューで語るとする)。これまでの彼らのサウンドは、管弦楽器等から繰り出される民謡メロディを高速で乱舞させ、そこに巻き舌ヴォーカルとファンタジックなクワイアを合わせた独特のもので、効果的で唯一無二のエピックメタル作品を生み出してきた。
1st「El guardián de las melodías perdidas」、2nd「Sombras del Este」と笛メタルの大傑作を生み出した彼らが満を持して発表した本作「Legado de juglares」は、過去の利点を上手く合わせつつ、よりメタル色を強めた名作品である。何よりも素晴らしいのはNarci Lara(g、bagpipes、 flute)の操る必殺の管楽器(主にフルート、バグパイプ)が至るパートで炸裂していることだ。音色もほぼ無尽蔵の如くバリエーション豊かで、一体どこからこれほど質の高い民謡旋律を継続して生み出せるものかと驚愕する。
総評としては、スパニッシュの情熱が民謡旋律とともに勇敢に疾走し、全編に緩急を持った劇的なエピック・スタイルが込められているといえる。アルバムの充実度は間違いなく過去最高である。

また異国の雰囲気が強烈に漂う本作は、まさにスペインの古城に夕日が沈みゆく幻想的な中世の風景が思い浮かばれる、魅惑的なアルバムである。シリアスな世界観と牧歌的な郷愁が彩るメタルの旅は、一度聴いたら手放せないものとなるだろう。実際に私も完全にこの神秘的な魔力にやられてしまっている。そんな本作を契機にして、異国情緒もとい異国辺境のエピックメタルに触れてみるのもいいかもしれない。



Disk1「Legado de juglares」
1. Tertulia en el Bosque
2. Nostradamus
イントロに次ぐお決まりのファンタジーエピックナンバー。エピッククワイアからいきなりの疾走など、ファンのツボを捉え過ぎている。
3. Sandra
流れるようなバグパイプの旋律が冒頭より炸裂する勇壮な名曲。更に強力な巻き舌にフルートの音色が加わり、そこにヴァイオリンの音色までもが加わる……というなんともサウロムらしいエピカルでドラマティックな仕上がりが素晴らしい。また中間部での弦楽器の導入が静寂さと余韻を残す。エピローグは幻想的な女性クワイアが美しく締める。
4. Mendigo
神曲。中世騎士道物語を想起させる高潔な雰囲気と勇敢さが全編に満ち溢れファンタジックな疾走感を伴う。特に中間部での民謡メロディの重なり合うパートは至高の域だ。ここまでストレートながらもエピカルなドラマ性を内包する様にはただ驚く。
5. Himno Pirata
6. La Casa de los Espejos
7. Lacrimosa
8. El Luthier
9. El Joven Poeta
10. Picasso de Ciudad
11. Carnero Asado
12. El Llanto de Loumiere
13. Historias del Juglar

Disk2「Sinfonias de Los Bosques」
1. Canto das Sireas
2. El Arquero del Rey
3. La Taderna
4. Las Minas de Moria
5. Himono Pirata
6. Picasso de Ciudad
7. Mendigo
8. Canto das Sireas
9. Himono Pirata
10. Nosteamus


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Las Sombras del Este



Country: Spain
Type: Full-length
Release: 2003
Reviews: 85%
Genre: Epic Folk Metal


スペイン出身のエピック・フォーク・メタル、サウロム・ラムダースの2003年発表の2nd。2枚組の大作である。


高速乱舞する民謡(笛)が特徴的なサウロムだが、今作ではそのファンタジックかつエピカルなサウンドを一層進歩させてコンセプト・アルバムに挑戦した。題材としたのは、欧州での幻想音楽シーンでの主なテーマともなっているトールキンの「指輪物語」。当ブログでも過去、指輪物語に傾倒したエピックメタルバンドを幾つか紹介している。
早くもコンセプトに挑戦したということで音楽的な技術とトータルでのバランスが問われるが、彼らに至ってはそのような心配は全く必要なかったといえよう。それほど本作の完成度は高い。Disk2の冒頭に15分もの大作を持ってきたのにも彼らの自信の程が伺える。

一体何故、彼らのようなクオリティを持つ優れたバンドがアンダーグラウンドで、更に私達の国で認知されていないのか疑問である。アンダーグラウンドというのはメタルバンドの宿命として(アンダーグラウンドにも利点はあるのだ)、まあ、だからこそ彼らを発掘した時の感動が大きかったのかもしれないが(笑)。

では改めて本作の内容に移ろう。
先述したように、本作はコンセプト・アルバムである。まずコンセプチュアルなアルバムで重要になってくるのが全体としての完成度、そしてドラマティシズムに伴うストーリー性である。一般的にこれらには高い技術と才能が必要となってくるが、サウロムはそのどちらも有していたようである。最も、彼らの素晴らしい楽曲のセンスは既に前作で披露されていたのだが…。基本的に、音楽性に至っては前作を踏襲しているが、エピック・クワイアの多用や映画的な演出を楽曲のイントロや繋ぎに導入することにより、ドラマ性が著しく向上したといえる。特に、アルバムの始まりを告げる壮大なプロローグ、Disk1の#1などはファンタジー・エピック映画だ。
しかし彼らの描く幻想世界は、ラプソディーに代表される超大作スペクタクルというよりも、田舎臭く土着的な小劇場のファンタジーである。どこか郷愁を誘う、馴染み深い世界への空想の冒険に魅力を感じる向きは多いはず。「指輪物語」本来の民族的な雰囲気が存分に発揮されているのだ。

もちろん本作の魅力は、決して雰囲気ものに留まってはいない。どの楽曲も強烈な笛の音色とヒロイックなギターのフレーズに酔いしれることができ、繋ぎに挿入されるリアリティに富んだSEが幻想世界の情景を描写している。ギターのメロディは、エピックメタル界では最高峰に民謡臭い部類に入る。またシンフォニックな要素も加味されれおり、若干映画音楽的な重厚さも感じさせる。そしてそれに劇的な展開力を持つ楽曲アレンジである。ここに有無をいわせぬサウロムのエピックメタルが完成したのだ。



Disk1:
1. Cormalairë
壮大極まるエピック・シンフォニーと語りでシリアスに幕開けるイントロダクション。
2. Acertijos en las Tinieblas
牧歌的な笛の音色が早くも奏でられ乱舞する、サウロム節炸裂の一曲。クワイアのドラマティックなアレンジやスムーズな曲展開の多用により非常に魅力的なエピックメタルに仕上がっている。
3. La Comarca
4. El Cumpleaños de Bilbo
5. De Hobbiton a los Gamos
6. El Bosque Viejo
7. Bajando por el Tornasauce
8. Tom Bombadil
9. La Bienvenida del Señor Mantecona
10. La Posada del Poney Pisador
11. Trancos/Aragorn
ドゥネダインの末裔、アラゴルンを歌った英雄ファンタジーメタルの最高傑作。全編を貫く民族英雄的な勇猛果敢さが胸を打つ。本アルバム中で最高の名曲ではないだろうか。
12. Los Jinetes Negros
ヘヴィでメタリックなリフが印象的な神秘的楽曲。アコースティカルな響きと、ヘヴィなリフのコントラストが絶妙である。神秘的というのは楽曲の雰囲気のことを指しており、シリアスなファンタジーの王道をいっている。またヘヴィさに伴い暗さも漂う。

Disk2:
1. El Concilio de Elrond
サウロム・ラムダースの歴史で初の大作曲。驚異的にファンタジックな一大叙事詩で、あまりの場面展開の多さに全貌を図ることは難しいが、傑作であることは間違いない。
2. El Paso de Caradhras
クワイアを伴った壮大なインストゥルメンタル。D&D系のRPG的展開、シンフォニーが劇的に冒険を促す。
3. Las Minas de Moria
フォーキーなメロディがヒロイックにアレンジされた名曲。スペイン語のヴォーカルがこれ以上ないほど勇ましく歌い上げる様は高揚感を鼓舞する。
4. La Dama de Lórien
スペイン・エピックメタルのもう一つの雄であるダーク・ムーアからエリサ・マルティンがゲスト参加。非常に楽曲にあった歌唱を聴かせる。
5. Los Pilares de los Reyes
とてつもない郷愁と民謡臭さを発散させる笛によるインストゥルメンタル。笛の重なり合うハーモニーの美しさは絶品。果たして彼らはメタラーなのか笛使いなのか疑わしいところだ(笑)。
6. La Disolución de la Compañía
土着的な物語を終局へと導く雄大な民謡調エピックメタル。大団円を迎えるサビの牧歌的なクワイアはファンタジーを謳歌している。郷愁を誘う雰囲気があり、感動的な結末を魅せる。ちなみに本曲はゲイリームーアのカヴァーである。
7. Mordonorienna
指輪物語に登場するエルフの奏でる音楽のように幻想的で美しい民謡。余韻を残すエピローグだ。


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 ヘヴィメタルを長く聴き込んできたファンならば、必ず一度はヘヴィメタルの価値について考えたことがあるはず。私もメタルについては様々な考察を抱いている向きだが、上手く答えを出せたためしがない。
 メタルの価値を考える時、先に必ず意識するのはワールドワイドな音楽してのメタルである。内向的な音楽としてのヘヴィメタルではなく、外部にも影響力を持つ音楽としてメタルを見た場合に、その捉え方は大きく変わってくる。
 例えば私たちの周囲にはメタルファンがいなかったとしよう。たった一人となったメタルファンは果たして悲しむだろうか。私はメタルファンの視野は一般人と比べた際に広いという結論を疑ってやまない。ヘヴィメタルとは決して一国の音楽ではなく、世界中に通用しファンを抱いているスケールの大きな音楽であるという事実は、既に承知のことだ。世界中のファンはメタルで精神的に繋がっており、彼らは兄弟(ブラザー)とも呼ばれる。ここにメタルの真価の一つがあるのかもしれない。
 もちろん私はメタルをよく聴き、また自負するが、世界中の真のメタルファンはもっと多くのメタルを聴いて考えているだろう。世界にはメタルに人生を捧げた勇敢な者達が少なくない。私は今まで聴いてきたメタルを改めて思い返してみることをよくするのだが、いつも確かな事実に直面する。驚くことにそれは先程書いたことと共通している。メタルの世界は広いということである。無数の可能性がメタルには開かれており、自分がどれを選択し愛聴するのか判断するのは難しい程に。
 しかし基本的に私はメタルなら何でも好きな人間である。根本的にメタルの思想や精神に共感できる、その許容がメタルファンにはあるのである。まずは、メタルが好きであるか、さらに話を突き詰めればメタルにすべてを捧げる覚悟があるか、ヘヴィメタルは我々大衆にそう問いかけている。
 多くの者はメタルを非難するが、一方ではメタルにすべてを捧げる者もいる。それは、メタルにはすべてを捧げることができる要素が必ずあるからに他ならない。自分が一生信じていきたい、貫いていきたいと思うところがあるからこそ、真のファンはメタルを聴き続けるのである。


hammerfall1 メタルには攻撃的な部分が多くある。無論それもメタルの魅力の一つだと断言できる。
 攻撃的な部分によって、私たちの抑圧された意思を解放することにメタルはかなり貢献していると言っていいだろう。これは多くのメタラー達が信条とする、"自由のない世界に生きていても何の価値もない"という考え方から来ている。
 私も非常に同意できるもう一つの魅力は、多種多様な文化が垣間見れるということである。これらは分極化された様々なメタルのスタイルに見ることができる。メタルの多くは型にはまっているが、これはあまりにもメタルの種類が多いためやむを得なかったといえる。また人間の基本概念として、何でも型にはめるというパターンが出来上がっているためである。わが国では特にその傾向が進んでいるが、今は特筆すね気ではない。
 メタルは様々な国や地域から勃興している。恐らく最初にメタルの原型が誕生したのはブリテンで、そこからメタルの歴史が始まった。最も、メタルに垣間見れる民族的思想は、何世紀も前から人々に根付いていたものである。そうした古代人の意思を現代に受け継ぐのがメタルであり、それを信じるファンもまた同じなのだと思う。この様に考えるのは私のような中世の愛好者ぐらいなのかもしれない。
 しかし一番大事なのは単純で、メタルを感じるということに最後はなっていくのである。私はメタラー達が何の意味もなくメタルをプレイしているとは思えない。これはあらゆることにいえることだが、メタルは他のものを圧倒してこの部分が強い。ファンやバンドの意思が顕著に表れている……とでもいっておけばよいのか。マネジメントの意思や流行に流されている音楽(別にそれらが優れていないというわけではないが、現代ではそのスタンスがあまりにも多いように感じる。メタル界では逆に、流行に流されたり一般受けを狙ってポップ化したアルバムはことごとく失敗している。Megadethの「RISK」やGRAVE DIGGERの「DIGGER」が良い例だろう)とは一線を画している。
 メタルは常に不変であって、私たちのような熱心なファンを楽しませてくれる。メタルは信じる価値のある音楽だ。このようにメタルを振り返ってみて、私も一生メタルファンでありたいと改めて思っている。何事も、一度立ち止まって見てみるというのは重要なことだ。


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