Epic Metal; Review Fan Site.
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Introduction

Robert_E_Howard

「エピック・メタルとは、叙事詩的なヘヴィメタルの総称であり、主に大仰かつ劇的でヒロイックな音楽性を示す言葉である」 [More stats] 

 ──Cosman Bradley


◆新着情報 News Topics
[Reviews]
VALKYRIE 「Deeds of Prowess」
WRATHBLADE 「Into the Netherworld's Realm」
VIRGIN STEELE 「Nocturnes of Hellfire & Damnation」
[Release]
Jack Starr’s Burning Starr 「Stand Your Ground」
Cirith Ungol 「King Of The Dead」
Manilla Road 「To Kill a King」

Column the Column

volume 21. 26 January: 2013

『METAL EPIC』誌調べによるエピック・メタルに対する日本人の反応:


「エピックメタルとはヘヴィメタルのサブジャンル」

「叙事詩っていうのが日本人向きではない」

「エピックメタルってサブジャンルなんかあったの?」

「騎士道最高」

「これなんてRPG」

「ブラインドガーディアンとかかな?」

「(´Д`)<ハイプァボオォリャアアァァァァ」

「演歌みたいだなw」

Into Glory Ride



「マノウォーのことかな?」

「素晴らしいジャケットw」

「野人w」

「コナン・ザ・グレートwww」

「ヴァイキングメタルでしょ」

「完全にネタバンド」

「そもそもエピックメタルは日本でウケない」

「クサメタルwww」

Open the Gates



「叙事詩っていうとアーサー王物語だな」

「マイナーすぎwww」

「マニラロードなんて知らんわ」

「臭すぎワロタwwww」

「ださいwww」

「そもそも日本盤がないから聴けない」

「マノウォーは知ってるけど、キリスウンゴルとかマニラロードは知らないなぁ」

「キリス・ウンゴルって指輪物語でしょ」

Noble Savage (Re-Release)



「ヴァージンスティールのノーブルサベージは死ぬほど聴いた」

「ノーブルサベージは史上最強の楽曲」

「ヴァージンスティールはある意味世界で最もドラマチックなバンド」

「危険地帯」

「しょぼいマノウォー」

「真面目にエピックメタルやってるのはこのバンドだけな気がする」

レジェンダリィ・テイルズ



「ラプソディーのことですよね?」

「フォーザーキーン」

「スーファミ音源w」

「異臭騒ぎが起こるwww」

「ファブリーズ」

「ザイ・マジェスティはどうやらエピックっぽい」

「なんかイタリアに多い気がする」

Victory Songs



「メタル版ロードオブザリングw」

「最近になってエピックメタルなるジャンルがあることを知った」

「かっけええええええええええええ」

「エピックメタルは文学歌ってるメタルって感じ」

「映画サントラwww」

「エピックメタルの定義って曖昧なんだよな」

「シンフォニックメタルもわりとエピックに近い」

「これほど日本で知られていないジャンルがあるだろうか」

「もはやメタルなのかwwww」

「恐らくエピックメタルなんて聴いてるのは日本で15人くらいしかいない」



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Column the Column

volume 20. 17 February: 2012



 「動画を貼る」という行為は、今や現代のネット社会において頻繁に見られる記事更新手段の内の一つだ。それらはHR/HMレビューのサイトやブログにまで拡散し、今日、我々はユーザーとして楽しむに至っている。我々はベンダーではない。しかし、「動画を貼る」という行為によって、彼らの何が変わっていったのか。ここでは、主にHR/HMレビューに関わる『METAL EPIC』誌のデイヴィッド・オルソー氏に話を伺った。どうやら彼は、このセンシティブな問題に対して、ある程度の過激な意見を持っているようだ。


──まず、動画の普及によってHR/HMレビューの何が変わったと考えるか。
デイヴィッド:簡潔に言えば、レビューの質が下がり、文章の項目が短くなった。
──逆にメリットはあるか。
デイヴィッド:メリットは、一つの記事にかける時間が短くなったこと。
──あなたが言いたいのは、動画の普及によってHR/HMレビューがダメになったということか。
デイヴィッド:当然のことだが、『METAL EPIC』では他者を攻撃することはしない。レビューの分量が少なくなり、記事を作る時間が短くなったと感じているのは、私個人の意見だ。
──他者を攻撃しないのに、動画を扱うレビューサイトを攻撃するような言い回しだが。
デイヴィッド:そう感じたのであれば、申し訳ない。私はインターネット上でのレビューの記事に動画を貼る行為を非難しているつもりはないし、むしろ画期的な進歩ではないかと考えている。
──"画期的な進歩"とは?
デイヴィッド:記事を書く側は以前よりも的確に情報を伝えられるし、ユーザーも目的を迅速に達成することができる、ということだ。
──HR/HMレビューにおける、ユーザーのその目的とは?
デイヴィッド:自分が気になっているバンドやアーティストの作品(アルバム)の情報を得ること。
──では、動画によってユーザーはどのように作品の情報を得るのか。
デイヴィッド:具体的には、記事に貼られた動画を耳で聴くことによって、商品化されている作品の内容をそのまま知ることができる。
──"商品化されている"という言葉に引っかかるが。
デイヴィッド:本来、バンドやアーティストの楽曲を聴くためにはCDを購入する必要があるが、インターネット上にはそれらを無料で視聴できる動画サイトがある。音楽関係のレビューサイトの記事に貼られているのは、主にそれらのサイトから転移されたものだ。
──あなたが言いたいのは、「ユーザーが本来有料であるはずの商品を、無料で視聴している」ということか。
デイヴィッド:そういうことになる。
──『METAL EPIC』では他者を攻撃しないと、さっきあなたはおっしゃったが。
デイヴィッド:私はただ事実を述べたに過ぎない。私自身、本来有料であるはずの商品が一体どのような経緯で、無料の動画サイトに貼られたのか全く知らない。しかし、それらの動画がサービスとして成立し、現在もHR/HMレビューサイトに貼られていることは、明らかなる現実であり、事実なのだ。
──ここまでの意見で、あなたは無料動画サイトを攻撃し、HR/HMレビューサイトも攻撃している。当然、あなたは動画サイトを利用していないことになるが。
デイヴィッド:何度も言うように、私は誰も攻撃しているつもりはないし、無料動画サイトの利用経験もある。
──自分が言っていることに矛盾があるとは考えないのか。
デイヴィッド:無料動画サイトに有料商品であるはずの音源が掲載されていることは否定しようがない事実である。そして、それらの動画をレビューサイトに掲載しているのは個人である。私は事実を事実として受け入れているだけであり、明確に個人に攻撃を加えるようなことはしていない。レビューによって作品を判断するのが個人であるならば、動画を視聴して作品を判断するのも個人の感覚に過ぎない。そして、公式とは異なり、サイトに動画を貼る行為も、文章で記事を書く行為も、個人の自由である。しかし、我々は大人であるから、何か問題が生じた際、責任は自分で取らなければならない。
──『METAL EPIC』に掲載しているレビューに関しての責任は?
デイヴィッド:『METAL EPIC』では、レビュー掲載済みのHR/HMのCDを購入して気に入らなかったというクレームは、一般的に受け付けていない。また、購入動機は個人に属するものと判断し、当方では一切責任を負わないものとする。
──あまりにも無責任な気がするが。
デイヴィッド:『METAL EPIC』のレビューは、殆どが創始者コスマン・ブラッドリー博士の手によるものだ。仮に責任を負うのであれば、彼の方であろう。しかし、今やレビューサイトにおいて、掲載された内容に対して個人の判断を加えた上でのCDの購入なのだから、レビューサイトに責任はない。「失敗した」とレビューにクレームをつけるのであれば、それは個人的な失敗になる。ここで重要なことは、我々の行っている行為は殆ど"非公式"という点だ。公式を模倣してはいるが、コスマン・ブラッドリー博士のレビューですら、個人的な産物に過ぎない。レビューサイトに対するクレームとは、個人が個人を攻撃するという行為だ。
──公式でなければ、レビューは責任を負わない、という考えのように聞こえるが。
デイヴィッド:CDの購入者は、飽くまでも参考にしたレビューサイトを個人的に攻撃する権利はない、ということだ。
──「HR/HMレビューと動画」という論点から大幅に逸脱し始めていると思うので、そろそろ核心に迫りたい。HR/HMレビューに対して動画は貼るべきではない、と考えるか。
デイヴィッド:その通り。
──その理由は?
デイヴィッド:ヘヴィメタルとは動画一つで理解できるほど浅い音楽性ではないし、長い歴史もある。バンドが心血注いで完成させた楽曲を無料で、しかもクリック一つで視聴していいはずがない。また、それで、リスナーは本当に作品を理解したことになるのか。誠実なヘヴィメタルのファンや、ヘヴィメタルの精神的な部分や知的な音楽性に感銘を受けてこの世界に入ってきたファンならば、今後、自らがどうするべきかよく知っているはずだ。無料で有料の音源がデジタルの海に野放しにされた時、製作者としてのアーティストの立場はどうなるのか。我々は楽曲さえ聴ければそれで良いのか。昔、インターネットも普及していない80年代、我々はCDを買うことで初めて楽曲を聴くことができた。その時から、私の考えは変わっていない。楽曲を聴きたいのなら、現金を払い、CDを購入するべきだ。過去にコスマン・ブラッドリー博士が言った「今後、『METAL EPIC』でHR/HM関連の動画は二度と扱わない。レビューは文章のみとする」果たして、彼は何を伝えたかったのか。
──このように崇高な理想を掲げる『METAL EPIC』が、他の「動画を貼っている」HR/HMレビューサイトにアクセス数で大幅に劣っていることは、単なる皮肉以外の何者でもないが。
デイヴィッド:それは、恐らく我々の力不足だろう。私自身、『METAL EPIC』がエピック・メタルの認知に多少なりとも貢献しているかどうか、疑問に思うことがある。しかし、不変の目標がここにはある。例え如何なる逆境に直面しようとも、かつてコスマン・ブラッドリー博士がエピック・メタルと出会い、生涯を変える感銘を受けた時より以来、『METAL EPIC』は窮極のエピック・メタルを探すことを決してやめることはない。
──それはコスマン・ブラッドリー博士のマスターベーションだ。



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Column the Column

volume 19. 8 January: 2012



 エピック・メタルに影響を与えた作品は小説や文学だけには留まらない。過去の音楽や映像作品などもこのジャンルには強く関係しており、我々は時にそれらを発掘し、ある種の驚異と感動に包まれる。これらの世界では、現代では味わうことのできない時代の一部分を疑似体験すると共に、エピック・メタルのアイデンティティの基盤となっているものに触れることができる。今回、我々が新たに出会う映像作品は、彼らにとって極めて忘れ難いものである。


Conan the Barbarian


 叙事詩的映画(Epic film)の巨匠ジョン・ミリアス(John Milius)は、1982年制作のロバート・E・ハワード原作の映画『Conan the Barbarian(邦題:コナン・ザ・グレート)』で監督を務めた。脚本はジョン・ミリアス自身と、後に名作『Alexander(邦題:アレキサンダー )』(2004)を生み出すことになるオリバー・ストーン。コナンの生涯の一片を描くという叙事詩的な構想はここから広がっていった。主演は無名時代のアーノルド・シュワルツェネッガー、音楽はアメリカの作曲家ベイジル・ポールドゥリス(Basil Poledouris)であった。ジョン・ミリアスとベイジル・ポールドゥリスは以前、サーフィン映画の名作『Big Wednesday(邦題:ビッグ・ウェンズデー)』でも共作を果たしている。かつてセルジオ・レオーネとエンニオ・モリコーネが共作で『Once Upon a Time in the West(邦題:ウエスタン)』(1968)や『Once Upon a Time in America(邦題:ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ)』(1984)などの偉大な叙事詩的映画と音楽を生み出していったように、ジョン・ミリアスとベイジル・ポールドゥリスもまた、同じ星の元に映画史にその名を刻む宿命にあった。

 『Conan the Barbarian』は続編として『Conan the Destroyer(邦題:キング・オブ・デストロイヤー)』(1984)が制作されたが、リチャード・フライシャーが監督した本作はジョン・ミリアス版"Conan"に比べ、遥かに娯楽性が高い作品であった。続くハワードの世界観に基づくブリジット・ニールセン主演の『Red Sonja(邦題:レッドソニア)』(1985)にしても、叙事詩的かつ重厚な『Conan the Barbarian』を模倣してはいなかった。なお『Red Sonja』の音楽はエンニオ・モリコーネが担当し、ベイジル・ポールドゥリス並の勇壮なスコアを聴かせている。ハワード原作の映像化作品の中には『Kull the Conqueror(邦題:ザ・コンクエスト~征服大王カル)』(1997)もあるが、これはコナンの前史にあたる"King Kull"シリーズの映像化作品だ。

 ヒロイック・ファンタジーやハワードのファンにとっては、永遠にジョン・ミリアスの『Conan the Barbarian』こそが正式な"Conan"の映像化作品であり続けた。2011年にジェイソン・モモア主演で実現した新生『Conan the Barbarian』の発表の後も、その基本的な概念が失われることはなかった。なぜなら、新生『Conan the Barbarian』はジョン・ミリアスを超えてはいなかったからだ。ジョン・ミリアスとベイジル・ポールドゥリスが作り上げた最初で最後の"Conan"は、有史以前の夜空に輝いた星々の放つ微光の如く、太古の時代の情景を鮮明に思い出させる。歳月の蚕食によって例え何世紀経過しようとも、魔術師アキロの冒頭の語り声ははっきりと聴き取れるのだ。そして闇夜の静寂を突き破る荒馬の足音であるかのように、あの"Anvil Of Crom"の懐かしいテーマが遠くから聴こえてくる...


Ost: Conan the Barbarian

 もう二度とジョン・ミリアスとベイジル・ポールドゥリスが共作する映画は見ることができないであろう。たった一度の奇跡──『Conan the Barbarian』という一大叙事詩を拝めたことが、多くの叙事詩的映画ファンの心に今も残っていることは疑いようがない。その感動が、ベイジル・ポールドゥリスの作り上げた美しくも幻想的なサウンドトラックを通して、ハワードを愛してやまないエピック・ヘヴィメタルの作品群にも受け継がれていっている。ジョン・ミリアスとベイジル・ポールドゥリスの影響力は大きすぎた。なお『Conan The Barbarian』のサウンドトラックは、2010年にベイジル・ポールドゥリスの望んだ真の形となって、タッドロウとプロメテウス・レーベルの共同プロジェクトで進行し、プラハ・フィルパーモニック・オーケストラ起用で再録され、遂に完成した。

Metal Epic, Jan 2012
Cosman Bradley



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Column the Column

volume 18. 27 December: 2011



2011年11月第17号、前号の続き...

──バルサゴスの物語では、特にアトランティスやハイパーボリア、ムーやレムリアなどの古代文明国家が頻繁に登場しますが、後者2つは実際に地図上には表記されていませんよね。
コスマン:これらの国家が実在したという証拠は未だ闇の中だが、古代の神話の中では、レムリアは現在のインド洋辺りに、ムーは太平洋辺りに存在していたとされる。一方アトランティスとハイパーボリアに関しては、レムリアやムーの大陸ほど地理的に離れてはいなかった、と伝えられている。しかし私たちが知るべきことは、この地図がバルサゴスの物語の舞台のすべてを網羅しているわけではない、ということだ。
──確かに第4作『The Power Cosmic』(1999)の舞台設定は宇宙ですし、これほど広大な範囲の地図を描くことは難航を極めるでしょう。
コスマン:バルサゴスの物語はあまりにも壮大に展開されている。これが最大の魅力であり、同時に問題を大きくしている要素でもある。仮にバルサゴス・サーガの全体図を作るとして、一体どれほどの労力と忍耐が必要とされるのか、私には分からない。バルサゴスがここまで小説めいた独創的な歌詞をヘヴィメタルの分野に持ち込んだことに関しては、一つの歴史的な功績にすら数えられるであろう。そしてバルサゴスの後に全くフォロワーらしきバンドが表舞台に登場してこないという事実を考察してみても、バルサゴスというバンドの特殊性を強烈に物語っている。しかし、それは残念なことでもあろう。例えばアイアン・メイデンやジューダス・プリーストのような始祖的なバンドの伝統的なサウンドが現代の若い世代に受け継がれていく傍ら、バルサゴスの叙事詩的な音楽性はゆっくりと歳月の蚕食に蝕まれていっているのだから。まるで、古代のアレクサンドロス大王の悲劇のようではないか。私たちは真に偉大な存在を超えることが遂にできなかった。そしてその意志は、幽鬼のよく出没する暗い墓所を永遠に彷徨うのだ。
──なんだか壮大な話ですね。しかし実際にバルサゴスのフォロワーは皆無ですし、本当に人々がバルサゴスのヘヴィメタルを忘れてしまう日が訪れるのかも知れません。歴史の影に埋もれていったバンドなんて山ほどありますし……。
コスマン:人々に忘れ去られた時、バルサゴスの物語は本当の終焉を迎えるのかも知れない。恰もクラーク・アシュトン・スミスの幻想小説のように、皮肉に満ちており、侘しい終わり方だ。私には本当にそうならないことを祈るしか為す術がない。しかしバルサゴスの物語が現実にそういった結末を辿るのであれば、全く受け入れるべきであろう。
──そしてまた一つ、高度な文明が失われていくと(笑)。バイロンが失われた古代文明を多く題材にしている理由には、そういった背景があったんですね。
コスマン:バイロンが失われた古代文明を頻繁に物語に登場させる理由の一つには、主に過去の作家たちが自身の小説の中でそれらの名を用いた、というのが正しいであろう。バイロンは自身が影響を受けた作家にロバート・E・ハワード(*注釈1)、H・P・ラヴクラフト(*注釈2)、エドガー・ライス・バロウズ(*注釈3)を挙げているので、彼らの作品も一読してみるといい。特にハワードは歴史愛好家であり、代表作『CONAN(コナン)』の作品中では様々な古代国家が登場する。またその前史にあたる『KING KULL(キング・カル)』では、そのまま古代のアトランティス大陸を舞台としている。バイロンがそれらの幻想怪奇的な世界観を踏襲していると考えるのは、実に想像に難くない。実際、幻想文学及び「Sword and Sorcery(剣と魔法の物語)」の愛好家たちにとって、アトランティスやレムリア、ムーやハイパーボリアの名は酷く馴染み深いものだ。例えばエピックメタルの始祖であるマニラ・ロード(*注釈1)のマーク・シェルトンもハワードの熱烈なファンだが、バイロンとて例外ではない。最もバイロン自身は、H・P・ラヴクラフトの信者らしい。バルサゴスの第4作『『The Power Cosmic』や第6作『Chthonic Chronicles』から漂うコズミック・ホラー(宇宙的恐怖)の影響は、一部はH・P・ラヴクラフトの小説に由来するものだ。
──なるほど。バルサゴスの壮大な物語は過去の作家たちの作品を起源とするものだったんですね。
コスマン:そして、これまでにヘヴィメタルが伝統的なサウンドを重視してきたように、バルサゴスは幻想文学の神秘的な世界観、「剣と魔法の物語」の英雄叙事詩的な世界観の伝統を忠実に再現している。この手の探索者が求めるのは常に純粋な世界観なので、古い作家たちの小説を手本としたのだ。主にバルサゴスの詞世界はそこから形作られたものといえる。
──そうでしたか。本日はどうもありがとうございました。


2010年、5月号、『METAL EPIC誌:コラム・ザ・コラム』より



*注釈1:Robert Ervin Howard(1906 - 1936)。アメリカ、テキサス州出身の小説家。"ヒロイック・ファンタジーの生みの親"として認知され、20世紀を代表する作家の一人。代表作は『不死鳥の剣』、『魔女誕生』、『黒い予言者』、『影の王国』、『バル=サゴスの神々』等。
*注釈2:Howard Phillips Lovecraft(1890 - 1937)。アメリカの詩人、小説家。「コズミック・ホラー」の分野を開拓した事で有名。代表作は『クトゥルフの呼び声』、『インスマウスの影』、『狂気山脈』等。
*注釈3:Edgar Rice Burroughs(1875 - 1950)。アメリカの小説家。主に異世界を舞台とした様々な小説を発表した。代表作は『火星のプリンセス』、『類猿人ターザン』、『時間に忘れられた国』等。
*注釈4:Manilla Road。アメリカ、カンザス出身のエピック・メタル・バンド。エピックメタルの始祖の一つに数えられる。
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Column the Column

volume 17. 6 November: 2011



 ヘヴィメタルに関係する資料を探していると、実に興味深い文献がいくつも出てくるのが常だ。そして時にそれらは破棄するには惜しい内容を含んでいる。とりわけ今回は、イギリスの傑出したエピック/シンフォニック・ブラック・メタルであるバルサゴス(BAL-SAGOTH)の詞世界に言及した記事を収録した。


──今回はバルサゴスの詞世界についてです。彼らのヘヴィメタルが好きでも、複雑すぎる歌詞は多くのファンを悩ませているようです。
コスマン:私自身、バルサゴスの複雑極まりない歌詞を理解できないという声を多く耳にしてきた。これまでに、ヘヴィメタルの世界では歌詞よりも音楽性が先行して重要だと考えられてきたが、それぞれのバンドの持つ詞世界を理解できれば、よりその音楽を楽しむことが出来ることは間違いない。しかし、バルサゴスの場合は専門的な知識も必要になるため、そこが一般のリスナーを遠ざけている部分であると、私は分析しているのだ。一番問題なのは、やはり小説にも匹敵するあの膨大な文章量であろう。私も始めのうちは、公式のLYRICS(歌詞)を見ただけでも嫌気がさしたものだ。
──ですよね(笑)。
コスマン:現代の世界の人々には忍耐力がないなどと言われているが、そんなことはなかろう。多少の好奇心があれば、後は気持ちで何とでもなる部分がある。私もバルサゴスの歌詞の分からない箇所は、気持ちでカバーしている。幸いバルサゴスの場合、楽曲に完璧な表現力があるために集中して繰り返し聴けば、世界観はある程度は掴めるようになっている。大事なのは、少しでもいいからバルサゴスを理解しようとする気持だ。偏見から何も生まれてこないことは、既に過去のヘヴィメタル史がよく物語っている。実際、ほんの少しでも歌詞の基本的な場部が分かっていれば大いに理解は深まるものだ。
──ではまず始めに、分かりやすいところからお願いします。
コスマン:そうだな。始めに、公式の使い方を紹介しておこう。知っていると何かと便利でな。
──いきなり歌詞には入らないのですか?
コスマン:ああ。公式を理解して、まずはバルサゴスの趣旨と寛大さを知ろう、というわけだ。最も、紹介するのは私なりの使い方であることを先述しておくが。
──ではお願いします。
コスマン:始めに、バルサゴスの公式サイト(*注釈1)に飛んで見るとしよう。もちろん飛べば、HOMEが表示される。ここではライブ情報などの、バルサゴスの最新情報が記されているが、最近は音沙汰ないようだ。次に、歌詞と深く結びついたコンテンツの揃う圧巻のBANDをクリックしてみよう。正直なところ、ここさえ押さえれば公式はマスターできる。一番上の項目、BIOGRAPHYには、バルサゴスの歴史とメンバーの紹介が行われている。メンバー紹介では、彼らが影響を受けた音楽、作家、映画などが書かれていて非常に勉強になる。私もここから、各メンバーの個性的な趣味を理解したということだ。2番目の項目、CHRONOLOGには過去のライブ情報などが記されているが、歌詞との関係性は薄いので、ここでは割愛する。3番目の項目、FAQではバルサゴスに対する問答が記されている。質問に対して、主にバルサゴスの創始者であるバイロン(*注釈2)が応えている。今後の活動など、実に鋭い質問にもバイロンは冷静に答えているので要チェックだ。4番目の項目、GALLERYには文字通りバルサゴスの写真が掲載されている。剣を持つバイロンの姿には思わず頬が緩む。ファンならば苦笑すること必死の写真ばかりだ。5番目の項目、GLOSSARYは歌詞と深く結び付いている。ここには現在、第1作目から第4作目までの歌詞に登場した人物、アイテム、国家が詳細に、A~Zの順で記述されている。これを理解することが出来れば、歌詞への理解が大幅に向上するであろう。文章も短く、ネットを使用すれば翻訳は楽だと思われる。必要なのは個人の努力だ。6番目の項目、LOGO HISTORYはそのタイトル通り、バルサゴスのバンド・ロゴの変化が記されている。ブラック・メタルらしいロゴから徐々にファンタジックなものへと変わっていった経緯が見てとれる。最後の項目、LYRICSには、問題である歌詞がすべて掲載されている。ここでは作品中のブックレットには収まりきらなかった歌詞も新たにバイロンによって加筆され、殆ど小説と変わらないボリュームを誇っている。すべての歌詞がここで無料で読めることは、ファンとしては大変有難い。公式サイトで重要なのはここまでであろう(小ネタだが、DOWNLOADSのページではバイロンの創造した仮想世界の地図が入手できる。小説の手引と思って、印刷して持って置いて損はない)。

chthonic-map

──非常に便利なシステムですね。しかし歌詞をダウンロードしても全く読めないのが現状です。
コスマン:地名を知るということは、冒険ファンタジー小説を読む際に必要な要素である。もちろんこれから、バルサゴスの物語における主要な国家を説明していこうと思う。紹介するこれらの国家は、バルサゴスの物語の中でも重要な位置を担うので覚えておいて損はない。読者はRPGのプロローグを見ているのだと感じて、地図(*画像上)を片手についてきて欲しい。各国家から太古の歴史を紐解いてみよう。地図によれば、第二の地殻変動以前の時代となっている。分かりにくければ、有名なノアの大洪水以前の世界と思っていただいて構わないであろう。その時代には、多くの強力な国家が存在していたというのが、バルサゴス・サーガ上での設定なのだ。
──主要な国家とは、地図に赤太文字で書いてある「ATLANTIS」や「HYPERBORE」、「IMPERIUM」のことでしょうか?しかし何と読めばいいんでしょう。
コスマン:アトランティス、ハイパーボリア、《帝国》と読む。
──そうでしたか。次に重要な国家は?
コスマン:《帝国》と隣接している「VYRGOTHIA」も、《黒曜石の王冠》(*注釈3)サガでは重要な国家だ。
──《黒曜石の王冠》サガとは?
コスマン:要約すると、《帝国》とヴィルゴシア間での叙事詩的な戦争を描いた物語である。これではかなり要約したことになるが、このくらい簡潔にしなければ文章量に圧倒されてしまう。
──なるほど。では「GUL-KOTHOTH」とは何でしょうか?
コスマン:グル=コトースとは、全ヴィルゴシア王国の中で最も強力な城塞都市の名だ。その歴史は古く、長年《帝国》はこの城壁を突破できないために、現在は休戦状態に陥っている。読み方によってはグル=コトホースとも呼べるであろう。
──物語の全貌が見えてきたようです。《帝国》はヴィルゴシアを突破するためにはまずグル=コトースを陥落させなければならないと。
コスマン:その通り。しかし、鉄壁のグル=コトースを突破するためには《影の王》の《黒曜石冠》の魔力が必要になってくる。《帝国》の皇帝クールドはその事実に気付き、ヴィルゴシアから《黒曜石冠》を奪おうとしたのだ。
──《影の王》?また知らない名ですね。
コスマン:《影の王》は第一の地殻変動以前に地上を支配していた偉大な王の名だ。《黒曜石冠》は《影の王》が頭に抱いていたものであり、強大な魔力を秘めた神秘の宝物なのだ。《影の王》の物語や散文関しては、第一作『A Black Moon Broods over Lemuria』(1995)に詳しい。

>>To be continued in:Column the Column:Next...



*注釈1:以下を参照→http://www.bal-sagoth.freeserve.co.uk/
*注釈2:Byron Roberts。バルサゴスのヴォーカリスト。歌詞も手掛ける。通称「バイロン卿」。
*注釈3:英名「The Obsidian Crown Saga」。
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Column the Column

volume 16. 23 October: 2011



ヴァージンスティールと古代ギリシア...

 ヴァージンスティールの「アトレウス二部作(*注釈1)」を聴く際、私には考えることがあった。これまでに古典文学を用いて現代世界の惨劇を代弁させてきたデイヴィッド・ディファイ(*注釈2)だが、何故この作品では古代ギリシアが物語の題材として選択されているのか、という疑問である。また、これとは別に、私には長らく答えの出ない他の疑問があった。キリスト歴のすべての人間にとって知識の故郷である古代ギリシアの世界において、ディファイは人間と神々の悲劇を描き切り、それがさも現実の世界で繰り返されている出来事であるかのような表現を含んでることだ──
 「アトレウス二部作」で過去の偉大な英雄たちは復讐と強欲の虜となり、神々は法廷で争い、壮麗なる王国──例えばトロイアのような──は滅び去った。「戦争は決して栄光ではない」誰かがこの言葉を物語に忠実に当てはめた。しかし、終ぞ私にはどうしても腑に落ちない箇所が残されているようだ。以下の文章は私の個人的なことに過ぎない。

 「アトレウス二部作」の古典的かつ優雅な旋律に聴き入り、私は悲劇と、知性と美を感じ取っていた。それらの世界では、知性とはかつて古代ギリシアの地で培われた偉大な叡智であり、美徳は類まれなる芸術性として神像の面様に刻み込まれていた。この地では、私は人間にとって極めて原始的な感情に囚われており、殆ど不鮮明ではあるが、私たちの世界の閉ざされている真実を一瞬でも垣間見たような気さえした。この時、私は長年探し求めていた"答え"が見出されたような感覚に襲われた。確かに私たちは現実の世界で古代ギリシアの悲劇を繰り返している。暴食や色欲と姿を変えた欲求が現代の私たちの精神を絶えず悩ませ、数えきれない法律が個人の自由を奪っている。"金"の問題がなくなることはない。
 ヴァージンスティールの「アトレウス二部作(*注釈1)」を聴く際、私には考えることがあった。かつて古代ギリシアで誕生していった知識や芸術の類も、再び今の世界で繰り返えされるのであろうか。ヴァージンスティールは私たちの可能性までをも否定してはいなかった。ディファイは古代ギリシアの世界を描くことによって、私たちの遠い記憶の中で失われてしまったはずの原始的な感情を思い出させてくれた。果たして、そこに問題を解決するヒントが隠されているのであろうか?「エピックメタルの始祖」が創造した魅力的な物語は、緩急に富む難曲のような「勃興」と「滅亡」の人類史の顛末をいくらか含んでいた。

Metal Epic, Jan 2011
Cosman Bradley



*注釈1:英名「The House of Atreus」。『The House of Atreus, Act I』(1999)と『The House of Atreus, Act II』の2作品がある。
*注釈2:David Defeis。ヴァージンスティールのヴォーカリスト。作品のほぼすべての作詞、作曲を手掛ける。
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Column the Column

volume 15. 7 September: 2011



 ファンタジーの原型が欧州とアメリカとで異なるのは過去の考察で明らかな事実となった。エピックメタルにおいても様々な分類があり、最も伝統的なエピックメタルはアメリカの地下より発祥した。我々は何を基準に正統派エピックメタルを判別すればよいのであろうか。コスマン・ブラッドリー博士は過去に重要な点をいくつか指摘している。


──正統派エピックメタルの主な特徴は何か。
コスマン:正統派エピックメタルと名乗るバンドの場合、大抵は80年代のアメリカのカルト・エピックメタルのサウンドを踏襲している。これらのバンドはマニラ・ロード(MANILLA ROAD)、キリス・ウンゴル(CIRITH UNGOL)、マノウォー(MANOWAR)、ウォーロード(WARLORD)などの音楽性から多大な影響を受けている。
──正統派エピックメタルはそれらのバンドから始まっていると?
コスマン:今取り上げたマニラ・ロードやキリス・ウンゴルは一般的にエピックメタルの始祖として認知されている。『Crystal Logic』(1983)や『Frost & Fire』(1981)、『Into Glory Ride』(1983)などの80年代初期に発表された作品が、現在でもエピックメタルの教典となっている。
──正統派エピックメタルのサウンドとはどのようなものか。
コスマン:この問題に対しては正統派メタルと同じ法則に辿り着くが、正統派エピックメタルのサウンドは如何にマニラ・ロードやキリス・ウンゴルのサウンドに接近できるかが重要である。正統派メタルがアイアン・メイデンやジューダス・プリーストのサウンドを忠実に再現しようとする行為と同じように。
──"正統派"ではないエピックメタルのサウンドとは?
コスマン:一般的に正統派エピックメタルは80年代のアメリカのカルト・エピックメタルのサウンドを基盤としたものだが、欧州で誕生したメロディック・パワーメタルを基盤としたエピックメタルバンドも中には存在する。これらのメロディック・パワーメタルを基盤としたエピックメタルバンドは、正確には"正統派エピックメタル"とは形容されない。
──正統派エピックメタルとの具体的なサウンドの違いはあるのか。
コスマン:この問題に対しては、正統派メタルとシンフォニック・メタルとの間で交わされる議論に似通った面がある。正統派エピックメタルはヘヴィかつメタリックなリフを基盤とした重厚なサウンドを得意としているが、一方"正統派"ではないエピックメタルのサウンドはキーボードなどの装飾を頻繁に用いている。正統派エピックメタル作品の中でもキーボードは使用されることがあるが、飽くまで80年代のエピックメタルサウンドに忠実である。
──歌詞の面での違いはあるのか。
コスマン:正統派エピックメタルでは、主に北欧や古代ギリシア・ローマの神話や史実、19世紀末から20世紀初頭の幻想文学などが題材とされるが、メロディック・パワーメタルを基盤としたエピックメタルは中世ファンタジーやハイ・ファンタジーなどの空想的な題材を好む傾向にある。
──現在、正統派エピックメタルと形容できるバンドを挙げて欲しい。
コスマン:現在活動を続けているバンドの中では、古参のうちマノウォー、マニラ・ロード、ヴァージンスティールが有力であろう。新勢力の中にはイタリアのドミネ(DOMINE)、ドゥームソード(DOOMSWORD)、マーティリア(MARTIRIA)など将来を有望視される株がいくつかある。またドイツのウィザード(WIZARD)やマジェスティ(MAJESTY)などのバンドにも注目したいところだ。
──最後に、あなたは何故正統派エピックメタルにこだわるのか。
コスマン:純粋なエピックメタルはソード・アンド・ソーサリー(*注釈)の世界を最も忠実に再現している。これまでに私たちが『METAL EPIC』誌で考察してきたように、より現実的に伝説上のそれらの世界を追求するのであれば、正統派エピックメタルに対する追求は限りない近道となろう。
──それはソード・アンド・ソーサリーの世界と現実との間の障壁をなくすという意味において?
コスマン:最も。



*注釈:別名ヒロイック・ファンタジー(Heroic fantasy)。詳細は『エピックメタル・ヒストリー:源流たるヒロイック・ファンタジー』参照。
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volume 14. 23 August: 2011



 『METAL EPIC』誌では度々ヘヴィメタルとファンタジー作品との関連性について議論してきた。この難題に対しては、我々ですら答えを出すことが大変難しく、更なる研究と資料の作成を急がなければならない。過去にデイヴィッド・オルソーはこれらの微妙な部分に関して、いくつか興味深いことを述べている。


──ヘヴィメタルとファンタジーの関連性はあるのか。
デイヴィッド:一部のヘヴィメタル作品の題材に、コンセプトとしてファンタジーの要素が導入されている。
──例えば?
デイヴィッド:主な例としてはイタリアのラプソディー・オブ・ファイア、ドイツのブラインド・ガーディアン、同国のハロウィンの作品などがそれに該当する。
──彼らは何故作品にファンタジーを導入するのか。
デイヴィッド:一つは明確な世界観を構築するため、もう一つはより高度なドラマ性への追求から、ヘヴィメタルにファンタジーが導入されるようになったと考えられる。現在では後者の説が有力である。
──ヘヴィメタルへのファンタジーの導入によって、如何にドラマ性が高まるのか。
デイヴィッド:ファンタジーという架空の世界観を設定することによって生じる一貫性が作品全体に統一感を生み、結果トータル・バランスの優れたヘヴィメタル作品が誕生する。また物語を描くことによって生じる起承転結の法則が高度なドラマ性へと繋がる。
──別にファンタジー以外でも題材があるのでは?
デイヴィッド:ファンタジーには劇的な内容を持つ原作が多く見受けられ、より劇的なヘヴィメタルを創造するためには、それに相応しい題材を選択しなくてはならない。
──ファンタジーとは抽象的な言葉だが、具体的にヘヴィメタルが題材としている作品はあるのか。
デイヴィッド:過去にヘヴィメタルで主に題材とされてきたファンタジー作品には、J・R・R・トールキンの『指輪物語』、ダンテの『神曲』、ジョン・ミルトンの『失楽園』、ロバート・E・ハワードの『コナン』などがある。他にも中世騎士道物語から『アーサー王物語』など多くの題材が扱われている。また広義の神話では、『北欧神話』や『ケルト神話』などのファンタジー色が強いものが題材とされている。
──ポー(*注釈1)やラヴクラフト(*注釈2)は題材とされていないのか。
デイヴィッド:ポーはアイアン・メイデンが第2作『Killers』(1981)で既に題材にしており、ラヴクラフトの作品は初期ブラックサバスの頃から題材とされている。近年ではドイツのガンマ・レイもポーの作品を題材とした楽曲を作り、同じくグレイブ・ディガーも『The Grave Digger』(2001)で主なコンセプトとしている。ラブクラフトはレイジが「Soundchaser」(2003) でトータル・コンセプトとし、他にはスペインのダークムーア、イギリスのバルサゴス、またデスメタルのヴェイダーやナイルなどにも影響を残している。最も今述べたのは一部に過ぎない。
──あなたはポーやラヴクラフトをファンタジーだと思うか。
デイヴィッド:ラブクラフトは怪奇幻想小説の大家であるし、「夢の国(ドリームランド)」を舞台としたダンセイニ調のファンタジー作品を残している。そのラブクラフトに影響を与えたポーにしろ、幻想文学の要素を持っていたことは否めない。最もこれらは『指輪物語』などの中世風ファンタジーとは大きく解釈が異なる分野に属している。
──その"中世ファンタジー"を題材としているのは主にメロディック・パワーメタルに多いようだが。
デイヴィッド:ドイツのハロウィンを起源とするメロディック・パワーメタルは、一般的に欧州という国土の持つ歴史的背景から、自らに馴染みの深い中世ファンタジーを題材とすることが多いとされている。アメリカのキャメロットなどは例外だが、バンドの生まれた故郷の環境によって、追求する世界は変化する。故にアメリカで発展していったスラッシュメタルは政治や戦争などを題材としており、アメリカ生まれのヘヴィメタルバンドが選択する場合のファンタジーは『コナン』である。
──中には史実を題材としたヘヴィメタルもあると聞くが。
デイヴィッド:イタリアのドゥームソードやザイ・マジェスティがそれに該当しているが、近年ごく一部のエピックメタルの分野では、作品におけるリアリティを追求した動きが活発になってきている。より説得力に満ちたヘヴィメタル作品を追求する場合、空想的なファンタジーは適さないと彼らは考えている。
──確かにヘヴィメタルに対するファンタジーの導入は、一部の強固なヘヴィメタルのファンから非難の対象となるべき題材だ。
デイヴィッド:非難されているのは主にシンフォニック・メタルやメロディック・パワーメタルであり、それらのキーボードを大量に導入したサウンドが非難の対象となっている。結果的に伝統的なヘヴィメタルと新しいヘヴィメタルとの間では、現在も大きな溝が生じている。
──最終的に、ヘヴィメタルとファンタジーの融合は失敗だったと思うか。
デイヴィッド:これまでにファンタジーを題材としたヘヴィメタルの傑作が世に送り出されている以上、一概に失敗とは言い難い。ヘヴィメタルにおけるファンタジーの導入は、ヘヴィメタルの進化の過程において必然的であった。



*注釈1:Edgar Allan Poe(1809 - 1849)。アメリカの詩人、小説家。後の推理・怪奇小説に多大な影響を残す。代表作は『大鴉』、『黒猫』、『アッシャー家の崩壊』、『モルグ街の殺人』等。
*注釈2:Howard Phillips Lovecraft(1890 - 1937)。アメリカの詩人、小説家。「コズミック・ホラー」の分野を開拓した事で有名。代表作は『クトゥルフの呼び声』、『インスマウスの影』、『狂気山脈』等。

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volume 13. 9 July: 2011


 叙事詩的な音楽性を追求する『METAL EPIC』誌は、これまでに様々な局面からそれらについて議論してきた。例えばこのような短いコラムであったり、ヘヴィメタル作品であったり、時には映画作品であったりと、歳月を経て着実に実績を積み重ねてきた。その内、いくつかの資料は過去に完成したりもしたが、大半の資料は未だに未完成のまま残されている。私はそれらをいつか完成させようと考えているが、過去の再録ではなく全く新しい資料を、コスマン・ブラッドリー博士には執筆して貰いたいと願っている。しかし歳と共に物事への興味は薄れて行くものであり、創作に対する意欲も失われてしまう。コスマン・ブラッドリー博士には何かのきっかけが必要であったのかも知れないが、どうやら我々は随分と長い間、彼を待たせすぎたようだ。

 さて、かつてそのコスマン・ブラッドリー博士によって発案された『METAL EPIC』誌だが、こうして現在も継続して発行されていることは、本当に有難いことだ。本誌を手に取る読者の数は他誌よりも大幅に希少──これは悲しい現実だが──であり、また普遍的な音楽界のトレンドを扱わないために敬遠される現状が顕著なことは事実として、継続させるという行為ほど強力な武器はない。
 本誌の最大の魅力は他誌の記事では絶対に扱わないような突拍子もない内容を平然と扱っていることであったり、常に古いやり方にこだわっているというところであったりする。私は本誌に目を通すまでエピック・メタル(Epic Metal)なるジャンルが本当に実在することですらあやふやであったし、このように一つの記事として成立することなどは考えもしなかった。故に殆ど誰も知らないであろうが、確かに『METAL EPIC』誌の残した功績は大きいのだ。
 『METAL EPIC』誌が他のHR/HM誌が全く手を付けなかった分野に手を伸ばしたことは、本当に勇気のある行動でしかない。なぜなら読者を惹き付けるような音楽のトレンドを扱ったほうが購読数が確実に上がるであろうし、画面いっぱいの画像などの視覚的なビジュアルも取り入れた方が売り上げを意識する上では重要なことであろう。しかし『METAL EPIC』誌はこれらの商業面での成功要素──既に"ヘヴィメタル"という選択の時点で売り上げは切り捨てとなっている──をかなぐり捨て、一途に叙事詩的なヘヴィメタルを追求している。恰も狂気の呪術を追い求める古代の魔術師の如く、『METAL EPIC』誌は一貫してシリアスなのだ。本誌が世間から正当な評価を受けないことは誠に残念な結果だが、無論、創始者であるコスマン・ブラッドリー博士がそのような目的を持って本誌を立ち上げたはずもないことは、既に多くの読者が知り及ぶ限りである。
 いかなる時代でも貧困者が金に勝ったことはないが、貧困者のみが知る世界がある。彼らは飢えや苦痛を知っているが、今の我々は代わりに知識と夢を知っている。もはや我々少数派は弱者ではなく、自由に知る権利を得た。「知る者のみ知れば良い」というコスマン・ブラッドリー博士の言葉の如く、『METAL EPIC』誌はこれからも興味深いHR/HMの情報を提供し続けるであろう。我々のような者たちにとって、貴重な資料と成り得る『METAL EPIC』誌の存在は常に大きく、その僅かばかりの者たちの希少な声を、コスマン・ブラッドリー博士が密かに聞き取って考慮してくれることを私は願ってやまない。

Metal Epic, Jul 2011
David Orso




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volume 12. 9 June: 2011



 我々はコスマン・ブラッドリー博士のHR/HMレビューに関する心境の些細な変化を見逃すことがない。またその理由も執拗に追求するであろう。仮に、コスマン・ブラッドリー博士の探求が終わりを告げたとしても……


──近年あなたのレビューが客観性を欠いているという指摘があるが。
コスマン:音楽の好みは主観的に判断されている。また別の場合、他の影響力のある媒体に感覚が左右されることもある。評価とは個人的産物であり、一概に大衆の意見を組み込んだものではない。
──詰まるところ、あなたは自らの感覚で作品を取り上げていると。 
コスマン:膨大な作品を所有するうち、頻繁に聴くのは数枚に過ぎず、その他は暗い地下室で眠りについている。様々な分野に跨り模索するうち、探求にも終わりが見え始めた。
──あなたの過去のHR/HMレビューには、明らかに内容の質が異なる場合とがあるようだが。
コスマン:作品について語ることは少ない。精神を削るような長文は、特筆すべき作品にのみ贈られる高評価だ。
──個人的な評価の高い作品ばかりが取り上げられているのも問題だ。最も、あなたの過大評価を受けた作品は大衆には向かないようだが。
コスマン:もし生涯の時間が限られているとして、私たちは何を選択していくべきであろうかと考えたことがある。人生は蝋燭の炎のようにぱっと消えていく。それを身近に感じるようになった。
──やはりあなたは個人的感情をレビューに混入させている。
コスマン:私はジャーナリストでもなければ、社会主義者でもない。エピックメタルのファンであり、好古家であり、隠者であり、理想主義者であり、人類の本質と起源を探究する探索者だ。
──望まれるかどうかに関わらず、あなたは今後もHR/HM作品のレビューを続けていくのか。
コスマン:ヴァージンスティール(Virgin Steele)とバルサゴス(Bal-Sagoth)が私にとっての目的地であった。何もない暗黒の荒野から始めた暗澹とした作業は、円環が閉じるように、収まるべきところに収まろうとしている。今やそれらの総評は終わりを告げ、私の絶望的な精神は自由になった。私は束の間の時間を大事にするだろうし、全く無駄に過ごすかも知れない。この世界は怠惰な退屈に満ち溢れており、娯楽と呼べるものは何の快楽も呼び起こす力も持っていない。私はようやく見つけた宝物を持って理想郷に旅立つか、もしくは気紛れにまたこの世界に戻ってくるかも知れない。その時は、昔のように知識を文字にして伝えようと考えている。
──あなたはHR/HMレビューの仕事を放棄して、現実から逃れようとしている。我々の指摘に間違いはないはずだが。
コスマン:真実は、私ですら知り及ばない。
──しかし……、我々の手元にはあなたのHR/HMに関する過去の資料があるから、当分は『METAL EPIC』誌のコラム欄が空白になることはないであろう。
コスマン:それらの資料の権利は既に『METAL EPIC』誌に譲り渡した後であり、私は提示された金額を受け取るのみとなっている。



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volume 11. 23 May: 2011


編注 『METAL EPIC』誌に送りつけられてきた日付未記載のこれらの散文は、コスマン・ブラッドリー博士が推測したものと思われる仮説であり、未完成と思われる箇所が存在し、内容の判断は本誌の読者個人に委ねられる。アメリカのカルト・エピックメタル、キリス・ウンゴル(Cirith Ungol)とヒロイック・ファンタジーの関連性を指摘した異様な内容を含む本文は、一部削除しての掲載とせざるを得なかった。


*  *  *


 キリス・ウンゴル──彼らの存在がヒロイック・ファンタジーの歴史と行く末を物語っている。アメリカの地下世界でカルト的な人気を誇ったキリス・ウンゴルは、1981年に『Frost & Fire』でデビューし、4枚のアルバムを残して解散した。キリス・ウンゴルは、エピックメタルの隠された歴史を紐解く鍵を握っていると、長らく私は考えていた。限られた僅ばかりの信者らは、今でも偉大なキリス・ウンゴルの名を覚えており、時にはその漠然とした旋律を口ずさむ。地下納骨所の黴と蜘蛛の巣だらけの扉を開けた者だけが目にするという、伝説のティム・ベイカー三部作の荘厳な嘶きをである。
 キリス・ウンゴルの隠避的な物語が、地上の微光を遮って伝えられてきたのは事実であった。音楽史の最も暗い影に埋もれているカルト的なエピックメタルバンドが、今なお一部の地域で崇拝され続けている現状。その異常性は既に疑いようのない出来事となって、私の脳髄を直撃した。キリス・ウンゴルの音楽──紛れもないエピックメタル──は、〈古き世界〉のもの、加えて古典的な内容を含んでいた。キリス・ウンゴルは、イギリスのホークウインドがかつて『Warrior On The Edge Of Time』(1975)で提示したような、信者に永久に愛される『エルリック』、『指輪物語』等を楽曲の題材として用いていたのである。
 詳細には、キリス・ウンゴルの得体の知れないエピックメタルに内包された太古の時代の波動が、現在も僅かばかりの信者の潜在的な弦線に触れているものと思われる。その者らはカタコンベの墓守の血を受け継ぐ者らであるか、厳粛な古代の知識の担い手のように、無意識の領域でヒロイック・ファンタジーの伝説に惹かれている者らである。これは純然たる真のエピックメタルが、アウトサイダー以外では認識できない虚弱な波動を叙事詩的な楽曲から発し、その者らに太古の伝承を途絶えさせないというある種のメッセージを送っている可能性の指摘である。そのメッセージとは、英雄主義的な思想を促進させ、これらの物語を根絶させるのを未然に防ぐような、潜在的意識の啓示によるものであると、私は思っている。このような背景が存在していなければ、私は少数派であり続けたヒロイック・ファンタジーが現在まで受け継がれてきた状況に対し、依然として大きな疑問を投げかけることになり兼ねない。
 太古の世界の朧気な陽光を目にした者らによって、今後もヒロイック・ファンタジーの世界は残り続けるものだと願いたい。詰まるところ、エピックメタルの隠された秘密とは、この分野が紛れもなくヒロイック・ファンタジー消滅の危機を回避させてきた最大の要因であったという、殆ど漠然とした確証であったことに他ならない。



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volume 10. 9 May: 2011


 欧州やアメリカの一部の地域を除いては未だに認知に乏しいエピックメタルについて、コスマン・ブラッドリー博士が語ってくれた。以下は、その一部始終を記録したものである。


──ヴァイキングメタルやブラックメタルが世界各地に勢力を拡大していく中、エピックメタルは現在も伸び悩んでいるようです。
コスマン:ヘヴィメタルの創造初期から活動を続けていたエピックメタルが現在も認知の乏しい現状にあることは、もはや見逃せない事実となった。エピックメタルの主なバンドを挙げてみると、アメリカのマノウォーやヴァージンスティール、欧州のドミネなどが浮かび上がるが、これらの名を確認した上で、何故エピックメタルが伸び悩んでいるかは明白なことだ。中でも確かにマノウォーは偉大なバンドだが、ドイツでの異常な人気に相反して、母国アメリカの土俵ではそれほど圧倒的な知名度があるわけではない。ヴァージンスティールに関しては、才能と実力があるのにも関わらず、エピックメタル・シーンを除いては殆ど知られていない。イタリアのドミネに至っては更に絶望的であり、カルト的な地下世界に人気が押し留まっている。ヴァイキングメタルの場合、フィンランドのエンシフェルムやムーンソロウがいる。ブラックメタルの場合は世界的に有名なクレイドル・オブ・フィルス、ディム・ボイジャー、メイヘムがいる。しかし明確にエピックメタルと断言できる代表的なバンドは、上記に列挙したマノウォー、ヴァージンスティール、ドミネくらいしかおらず、その何れも世界的な音楽シーンから遠ざかっている。
──ドミネと同じイタリア出身のラプソディー・オブ・ファイアは、エピックメタルでも世界的な成功を収めたバンドの一つです。
コスマン:先程私が言ったように、純然たるエピックメタルバンドはそう多くない。これは重要な事実でもある。ラプソディー・オブ・ファイアはエピックメタルだが、詳細にはシンフォニック・エピックメタルの分野に所属する。私はヘヴィメタルバンドをエピックメタルとして形容する際、正統派とシンフォニック派を区別するようにしている。詰まるところ、ラプソディー・オブ・ファイアはエピックメタルであるという認識よりも、シンフォニックメタルやハリウッドメタルとしての名が取り上げられているバンドだ。今まで様々な分野から"エピック"と形容されたヘヴィメタル作品が登場してきたが、その形容はあくまで付加価値に過ぎなかった。この逆境の時代にエピックメタルというキャッチコピーで売り出すバンドはヴァージンスティールくらいしかおらず、その行為自体が商業的な自殺行為に値する。アルバムをエピックメタル作品として売り出すよりも、メロディック・パワーメタルやヴァイキングメタルと帯を付けて宣伝する方が、より広い層にアピールできることは既に明白だからだ。ヴァージンスティールは成功も収めているが、人気がカルト的と判断せざるを得ない。エピックメタルという看板を背負うことは、堅実なヘヴィメタル界でも容易なことではない現状が、未だ各所に残されている。
──つまりラプソディー・オブ・ファイアなどのバンドはエピックメタルバンドではない、ということでしょうか。
コスマン:その解釈にも誤りがある。元来古代の神話や伝承、文学的な作家からのインスパイアによって形作られてきたヘヴィメタルの詩的な世界観は、何れも叙事詩的に成り得る可能性を秘めている。後は大仰なサウンドや劇的な曲調が必要なだけで、エピックメタルと形容できるバンドは山ほどいる。しかし、伝統的なエピックメタルバンドは少ないという盲点を、私は指摘している。我々のような信仰深いエピックメタルのファンは、文学においても、好古趣味的な収集品においても、常に純潔のものを追求する傾向にあるのだ。
──その結果、純粋なエピックメタルバンドは少なくなっていった、そう解釈してよろしいでしょうか。
コスマン:全くその通りである。
──では、どうすればエピックメタルがヘヴィメタル・シーンに深く浸透すると思いますか。
コスマン:まずバンド自体が明確な看板を掲げ、曖昧な表現を避けることが重要に思われる。現在ではメロディック・パワーメタルもエピックメタルと形容されている時代であるし、個々のバンドの所属する分野を明るみに引き上げる必要がある。バンドが自らの作品の方向性を仕分けしない場合、やがてファンが無差別に音楽性や世界観を形容することになる。ヘヴィメタル・シーンの場合は賢明なファンが多いため、ある程度は一役買ってはいるものの、やはり曖昧な表現は避けたいところだ。またバンドによっては意図的に情報を網羅せず、ファンに判断を任せる場合もあるため、この問題は非常に入り組んでいる。最も深遠なヘヴィメタル作品にとっては、情報を一方的に提示することが決して良い判断であるとは限らない。ジャック・ヴァンス(*)のような「作品について一概に語る必要はない」という姿勢もあり得るのだ。ヘヴィメタル・シーンも個々の思想の集合体であるために、星の数ほどジャンルが存在するものの、覇権を握っているのは一部の分野に過ぎない。エピックメタルが夜明けを見るのは、まだまだ先のことになる。



*アメリカのSF作家。地球とは異なる惑星などの異世界を描き出すのに定評がある。代表作は『竜を駆る種族』(1962)、『終末期の赤い地球』(1950)等。
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volume 9. 23 April: 2011


 バルサゴスの"Beneath The Crimson Vaults Of Cydonia"(*)から得たビジョンから、私は地球の宗教が終焉を迎える様を想定した。それは既存の信仰対象に変わる神性が地球を訪れた際に巻き起こり、私達の知る世界を全く別のものにしてしまう可能性を秘めていた。


探索者:我々が長きに渡り宗教を起源とするあらゆる行為を強いられてきたように、その根本的な法則が変わることはないと考えられてきた。しかし、宗教が別の力ある異なった存在に移り変わることはあり得た。例えば、宇宙から齎される新しい知性のように。
コスマン・ブラッドリー:宇宙から飛来した新たな知性は宗教の概念を打ち砕くであろう。それらの存在によって、私達が信じてきたもの──あるいは「神」とも呼ばれる──の信憑性は大きく揺らぐ。キリスト教はイエスを神としたが、それを越える存在が未知の宇宙よりやって来る。そして、その時宗教は終わりを迎えるという。
探索者:その顛末が、バルサゴスの"Beneath The Crimson Vaults Of Cydonia"に記されていた。およそ二十億人のキリスト教徒が宇宙からの新参者を認めた時、神の存在は絶対的ではなくなる。即ち人類は、新たな信仰を得るであろうと。
コスマン・ブラッドリー:真相が何であれ、私達は長らく宗教に支配され続けてきた。遥か未来の世界では、現在の宗教──キリスト教、イスラム教、仏教──が如何なる影響力を持っているのか。またはバルサゴスが提示した滅亡史のように、未知の信仰が覇権を行使しているのか。何れにせよ、私達が信仰心から解放されることは永久にないようである。
探索者:遥か大昔、人類が最初に行った知的行為が神への信仰であった。得体の知れない先人達は、おぞましい顔面のトーテム像の前で祈りを捧げ、玄武岩の台座を鮮血で濡らした。信仰心のために、我々の先祖は団結した。我々は神によって聖戦をし、偶像を守護した。テンプル騎士団がエルサレムで発見した究極の秘密であるように、信仰者の集団は山脈の亀裂のような闇の中へと消えた。
コスマン・ブラッドリー:影の支配の時代はやがて終りを告げる。バルサゴスはそれを私達に示したに過ぎない。
探索者:我々の天命は短いが、原始人が木彫りの人形に祈るように、その日が訪れるのを待ちわびている。



*バルサゴスの第6作『The Chthonic Chronicles』(2006)収録。火星シドニアに眠る"暗黒銀河の妖蛆"が目覚めることにより、地球上の宗教が滅ぶ様を描く。
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volume 8. 27 March: 2011


 ほぼ掲載が不定期となってしまった『METAL EPIC』誌の「コラム・ザ・コラム」であるが、今回は、エピックメタルのごく簡潔な質疑応答の内容を収録する。


──エピックメタルという分野は、音楽業界的にも殆ど認知されていないようですが、いかがでしょう。
コスマン:エピックメタルの原型であるヘヴィメタルが社会的に上手く認知されていない以上、エピックメタルの認知は絶望的といえる。一般人が抱くヘヴィメタルというイメージ自体に多くの誤りがあるため、正しい情報を得るのは難しい。
──その誤りとは、ヘヴィメタルの表面的な部分を捉えた社会の反応のことでしょうか。
コスマン:ヘヴィメタルが社会的に真摯に受け止められることは多くない。偏見や誤解が渦巻いている。ヘヴィメタルの大仰な音楽性において、時代性が欠如しているという意見や、耳を疑うという意見が見受けられる。エピックメタルに関してはなおさらのこと。現代、絶滅へとゆっくり進んでいる「*ヒロイック・ファンタジー」の世界を真剣に描こうというエピック界の動きは、社会性や時代性を考慮した人々には甚だ理解に苦しむ。音楽とはエンターテイメントであり、軽快で難儀なテーマを込めず、日々の疲れを癒す気分転換の分野。多くの人々は昔からそのように音楽と触れあってきた。
──あなたの疑問は、ヘヴィメタルが世俗的に誤解されており、それを正すべきだ、そう聞こえますが。
コスマン:ヘヴィメタルが真摯な音楽であり、恰も宗教の如く地下で支持を得ている現状がある。ヘヴィメタルによって明かされた真実は数知れず、その多くが日の目を見ることなく暗闇に失われた。その真実を葬ったものが時の蚕食であるのか、社会の弾圧によるものであるのかは私も知るところではない。しかし、ヘヴィメタルに対して生涯を捧げ、命を落としていった者がいる以上、ヘヴィメタルの誤解を解くことは重要なことである。
──その誤解を解くことで、あなたにはどのような意味があるのでしょうか。あなたの個人的な感情のようにも聞こえますが。
コスマン:死者が安らかに眠りにつくことが出来る……。決して、私が語りたいのはそのようなことではない。私は過去の偉人らの軌跡を語り、その生涯を物語として語る。多くの人々が隠者の世迷い事と一蹴する戯言の中に、本当の真実が紛れ込んでいる。それに気付いた僅かな者が、──私がそうであったように──影の世界で何世紀後も彼らの伝説を物語っていくことであろう。
──詰まるところ、あなたはその不確かな目的のために、これまでエピックメタルを流布してきたということでしょうか。
コスマン:それが私に出来た唯一の真実に至る道であったのかも知れない……


*追記:ここで述べられたヒロイック・ファンタジーとは、E・R・バロウズやR・E・ハワードに連なる純血のSword and Sorceryのことで、コスマン博士は、現代に横行するハイ・ファンタジー作品との差別化としてこの言葉を用いたのだと思われる。
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volume 7. 2 February: 2011


2011年2月第7号、前号の続き...


第三章:変化
 流行に左右される大衆音楽、時の蚕食に耐えかねる文化もあるが、ヘヴィメタルはそれらの分野とは無縁であった。古くリヒャルト・ワーグナーの血脈がヘヴィメタルには流れていた。古典音楽は長きに渡り現代にまで受け継がれ、知的な人間の歓喜の一部を担っていた「ローマという帝国の滅亡を通し、如何に偉大な文明や国家でも何れは必ず失われる。しかし、真に素晴らしいものの精神は語り永遠に受け継がれていく」ヴァージン・スティール(注14)の“The Burning Of Rome ”は物語った。我々はその叙事詩的な悲劇の楽曲から、これらの文明の興亡の歴史を学びとって久しかった。ヘヴィメタルは多くの人間に忘れられた、と人々は考えていた。しかし、これらは間違いであった。80年代初期に確立されたヘヴィメタル、我々聴衆に真実を告げることを目的としたヘヴィメタル、社会の矛盾や自由への渇望──キリスト、イスラム、ユダヤ三大宗教のような葛藤と闘い続けた──、勇敢なる南軍の兵士のようなヘヴィメタルは、終ぞ人々の精神の中に生き残り続けていた。それは、偉大なるヘヴィメタル・ヒストリーを幼き日に傍観していた新世代の若者らも同じことであった。自己の思想を勝ち取るまでにようやく成長した新時代の若者らは、先人らが苦悩の末に築き上げたヘヴィメタルのシーンを再興させていた。1997年に幕を開けたスウェーデンのハンマーフォール(注15)の快進撃に続き、イタリアからはラプソディー(注16)が、ドイツからはエドガイ(注17)が登場していった。彼らは過去のヘヴィメタルの先人らのアイデンティティや音楽性を受け継ぎ、より現代的な解釈でそれらを表現することに成功した。特にイギリスのアイアン・メイデンが作り上げたメロディック・メタルは、歴史的、叙事詩的な門口を新世代に授け、「ヘヴィメタルで物語を演じる」ことを学ばせた。その背景は、リヒャルト・ワーグナーが用いた歌劇的な手法が現代に甦った、とでもいうべきであった。もはやヘヴィメタルの分野は大衆音楽と全く違う軌道に乗り、芸術や文学の領域にまで及んでいた。ヘヴィメタルにとって、ダンテ、ホロメス、シェイクスピア、ゲーテ、ポーは馴染み深かった。


注14 ヴァージン・スティール(Virgin Steele)……アメリカで結成されたエピック・メタルバンド。デビューは1982年。ヴァージン・スティールが確立した“エピック・メタル”とは、叙事詩的なヘヴィメタルの総称であり、大仰かつヒロイックで劇的なヘビィメタルを演奏するメタルバンドを表す言葉である。エピック・メタルはヘヴィメタルのサブジャンル一つであり、歌詞の内容、世界観も従来のヘヴィメタルとは異なる。エピック・メタルでは過去の神話や伝承、歴史や文学等を歌詞の題材とする。ヴァージン・スティールはこの分野の創始者であり、一般には1994年に発表された『The Marriage Of Heaven And Hell』がエピック・メタルを世界的に認知させたきっかけになったとされる。その特異な音楽性は、メインソングライターのデイヴィッド・ディファイによって「Barbaric and Romantic(野蛮でロマンティック)」と形容され、ギリシア神話や創世記等の古典に現代精神の悲劇を代弁させるのを得意としている。代表作は『Age of Consent』(1988)、『The Marriage of Heaven and Hell Part I』(1994)、『The Marriage of Heaven and Hell Part II』(1995)、『Invictus』(1998)、『The House of Atreus Act I』(1999)、『The House of Atreus Act II』(2001)、『Visions of Eden』(2006)等。上記のうち『The Marriage of Heaven and Hell』は三部作、『The House of Atreus』は二部作のオペラであり、実際に上演された。

注15 ハンマーフォール(HammerFall)……1993年に結成されたスウェーデン、イエテボリのヘヴィメタルバンド。荒廃しきっていた90年代のヘヴィメタル・シーンに衝撃的な第一作『Glory To The Brave』(1997)を送り込み、新時代の到来を告げた。そのサウンドは、マノウォーやアクセプト、ジューダス・プリーストに代表される正統派メタルを踏襲したピュア・メタルである。特にヨーロッパで支持される。代表作は『Glory To The Brave』(1997)、『Legacy Of Kings』(1998)、『Crimson Thunder』(2002)等。

注16 ラプソディー(Rhapsody of Fire)……イタリア、トリエステ出身のシンフォニック・メタルバンド。1997年に発表された第一作『Legendary Tales』は、これまでに試みられてきたクラシック音楽を導入したヘヴィメタルの最高傑作であるとされた。また、この『Legendary Tales』は“エメラルド・ソード・サーガ”というコンセプトの第一部であり、2002年に発表された『Power of The Dragonflame』によって完結し、計5部作に及ぶ一大叙事詩を築き上げた。現在は著作権及び商標の問題によりラプソディー・オブ・ファイアと名乗っている。代表作は『Legendary Tales』(1997)、『Symphony of Enchanted Lands』(1998)、『Dawn of Victory』(2000)、『Power of The Dragonflame』(2002)等。

注17 エドガイ(Edguy)……1992年のドイツで結成。1995年に『Savage Poetry』を自主制作でリリース。これが第一作目となる。その後、質の高いジャーマン・メタル作品を矢継ぎ早に発表し、欧州での人気を不動のものとする。ヴォーカリストのトビアス・サメットはメタル・オペラ・プロジェクト、『Avantasia:The Metal Opera』(2001)でも成功を収め、結果的にエドガイもその煽りを受ける。現在では、ドイツのヘヴィメタル・シーンのトップに君臨するガンマ・レイやハロウィンとも肩を並べるまでに成長した。代表作は『Vain Glory Opera』(1988)、『Theater of Salvation』(1999)、『Hellfire Club』(2004)等。



第四章:原始への回帰
 21世紀に入り、ヘヴィメタルは絶え間なき努力と活力で再び活気を取り戻した。この新しい時代は、過去の惨劇に縛られることなく、誰もが自由な表現が出来ると信じていた。しかしここから、ヘヴィメタルにとって本当の戦いが始まったのである。長き歳月に渡り、ヘヴィメタルは世界中の新天地に広がっていった。イギリスで誕生したヘヴィメタルは、まずアメリカに渡り、次に南米に根を下ろした。ブラジルの圧政に苦しむ辺鄙な街から生まれたセパルトゥラ(注18)は、やがてブラジルのヘヴィメタル・シーンを担う存在となっていった。始め、ヘヴィメタルは大国の輸入品に過ぎなかったが、恰も人類の環境への適応能力の高さを物語るが如く、各地で独特のヘヴィメタルが誕生し始めた。ブラジルも例外ではなく、1970年代の独裁政治に苦しんだ若者らの葛藤は、1985年の民主主義の復興と共に一気に爆発した。ブラジルの若者らは、言語の自由をヘヴィメタルに主張した。ブラジルで勃興したヘヴィメタルのムーヴメントは、民族規模での自由の主張でもあった。セパルトゥラは、そうして誕生したブラジリアン・メタルの先駆者であり、アメリカ産のヘヴィメタルに母国の古い伝統──ブラジルの民族楽器やリズム──を加え、ブラジル産のヘヴィメタルが個性を持っている事実を表現した。1993年に発表された『Chaos A.D.』は、独自性を追求したヘヴィメタルの一つの理想形として認められ、ビルボード・チャートのトップ40まで喰い込んだ。そして『Roots』(1996)では、母国アマゾン川の民族と作品を録音した。ようやく、彼らにとって“オリジナル”のヘヴィメタルがここで誕生したのである。ヘヴィメタルが古典音楽の生き残りであるように、これを担う人間も古典的な民族的思考に傾倒した者の最期の生き残りであり、独特の伝統性を失いはしなかった。全世界の資本主義社会に抗うが如く、新体制に入ったヘヴィメタルのムーヴメントは、各地でルネッサンスのような古き世界への回帰を行った。それ以前も民族的なアプローチは地下で続いてはいたが、ヘヴィメタルが一応の覇権を得た今世紀、そうした主張はより直接的で顕著な方向を示した。北欧を起源とするヴァイキング・メタルは、これらの民族的ヘヴィメタルのムーヴメントの大役を担っていた。その背景には、宗教的な対立も巧妙に含まれていた。ハラルド美髪王の支配を逃れたノルヴェジアン・ヴァイキングが住まいしたアイスランドでは、西暦1000年に全キリスト教化の洗礼を受けた。しかし、それは表向きの見解であり、アイスランドの民は殆どが異教徒──彼らはペイガンとよばれた──のまま生活を続けた。キリスト教が北欧諸国に侵入し始めた際、ノルウェー及びデンマークに最初の教会が建設され、古代信仰を破棄するよう強いられた。敬虔なるキリスト教世界において、北欧の民族は畏怖すべき異教徒であり、その神々は淫らなものと考えられていた。これは、新しき信仰が古き信仰を駆逐するという、変化の歴史でもあった。過去、スペイン人に酷使されたアメリカ原住民、滅亡したマヤ文明及びインカ文明にも同様のことがいえた。信仰の自由、思想の自由の剥奪であった。ヴァージン・スティールのデイヴィッド・ディフェイズが『Invictus』(1998)で提示した過去の惨劇の輪廻転生──世界的にエピック・メタルを確立させた名作『The Marriage Of Heaven And Hell』(1994)のテーマでもある──は、現代で繰り返されることとなった。ヘヴィメタルに行使された社会の弾圧──CDの発売禁止、メディアでの非露出、ライブでの法的制限、中東地域での宗教警官による逮捕等──による思想表現の自由への妨害は、過去を顧みることのない人類の証拠の一つとなった。そうした現実に屈することなく、北欧からは古い時代の伝統音楽を取り入れたヘヴィメタルが誕生し続けた。北欧人の無意識的なペイガニズムを表現するに最も適したヘヴィメタルは、苦しくも同じ歴史を辿ることとなった異教の民族の文化と共存し、世界中で成功を収めていった。ここ日本でも、ヴァイキングメタルの信仰は記憶に新しく、既存の民族性を主張したヘヴィメタルの自由と再興を訴えた。これらの起源的な民族への回帰は、現代精神の横行によって長らく忘れられていた、原始への回帰を意味していた。“ヴァイキング”という言葉を最初に使用したノルウェーの始祖エンスレイヴド(注19)がヘヴィメタルのドキュメンタリー映画『ヘヴィメタル・ヘッドバンガーズ・ジャーニー』で語ったように、ヘヴィメタルの姿勢は古典的な音楽が常にそうであったように、いかなる時代にも翻弄されず、確固たる思想の礎を築き、社会の疎外者を招き導いてきた、不朽不変の分野であったのである。


注18 セパルトゥラ(Sepultura)……ブラジルのミナスジェライス州ベロオリゾンテで結成されたヘヴィメタルバンド。1986年に『Morbid Visions』にてデビュー。アングラと並び、ブラジルで世界的に成功した数少ないメタルバンドである。またマックス・カヴァレラは後にセパルトゥラを脱退しソウルフライを結成。代表作は『Chaos A.D.』(1993)、『Roots』(1996)等。

注19 エンスレイヴド(Enslaved)……ノルウェーのヴァイキング・ブラック・メタルバンド。1991年結成。三作目『ELD』(1997)で北欧の土着民たるヴァイキングの精神性を強く打ち出し、後に広く認知されるに至るヴァイキング・メタルを確立する。エンスレイヴドは、キリスト教以前の古い信仰を再興させることを標榜し、キリスト教に対するペイガン思想は真っ当なものだと主張する。これはキリスト教の信仰によって北欧の土着民の文化が失われていったためである。上記の側面も含め、母国での支持は相当高く、ノルウェーのSpellemann賞(音楽界でのグラミー賞に相当)も受賞している。代表作は『Frost』(1994)、『ELD』(1997)、『Blodhemn』(1998)、『Mardraum - Beyond the Withn-』(2000)等。



第五章:新たなる夜明け
 千変万化の地表の激変が過ぎ去り、人類に紡がれてきた偉大な歴史も過去のものとなった。人類は平穏を手に入れ、新たな秩序と卓越した技術力を手にした。過去の迷信が科学という近代的な学問によって解明され、大衆を統制させる法案が定まった。終ぞ、時代とは変化していくものである。ローマ帝国の滅亡により暗黒時代が訪れたのも、1066年のヘイスティングスの戦いでヴァイキング時代が終わりを告げたこと──同じように793年のリンディスファーンの襲撃によってヴァイキング時代が始まったこと──も、大航海時代に人々が海洋の彼方に新天地を求めたのも、19世紀に再び文芸復興が興ったのも、西部開拓時代にアメリカの東部と西部が一筋の鉄道で繋がったのも、全ては人類の変化の一部を担っていたに過ぎない。時代とは変化していくものである。しかし、今世紀に入り、自然が機械に移り変わる時、中世が近代に移り変わる時、神秘が科学に移り変わる時、我々は何を失うのであろうか。ヘヴィメタルが求め続けていたものは、悠久の太古、有史以前の人類の祖から受け継がれてきた、反骨の精神であったように私は感じている──この精神のために戦いが生まれ、人類は強大となり、果てなき知識を求めた。いうなれば、文明の興亡もそのためであった。ここで、先述した言葉が蘇る「ローマという帝国の滅亡を通し、如何に偉大な文明や国家でも何れは必ず失われる。しかし、真に素晴らしいものの精神は永遠に語り受け継がれていく」ヘヴィメタルこそは頽廃的な現代精神に天啓を発し、古き世界をもう一度再興させようと試みる、根源的な人類の追求の姿なのである。


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