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 「想像を超える」という言葉があるが、アルバムの内容がそうであるならば、嬉しい限りである。私達は新品のヘヴィメタルのアルバムを聴く際に、必ずといっていい程に期待してしまう。自らが入念な調査の末に手に入れた作品なら、聴く時の喜びも大きいはずである。しかし現実では、私達にとって大きな壁が存在していることに気がつかなければならない。エピック・メタルのようなアンダーグランド音楽ならば、より注意しなければならないのだ。それらは「想像を超える」という言葉で、私達の一般的な許容範囲を超える音質の悪さを有している。熱心なファンだからこそ、一度は経験したことがある出来事であろう。"作品の内容は最高なのに、音質は最悪だ"。そして時には、リマスター再発盤ですら、その致命的な問題を解決するには至っていない事実がここにはある。これはエピック・メタル・シーンの評価を長年過小評価させる原因ともなった、忌まわしい、現在進行形の病である。原曲の音質が劣悪なために、デジタル・リマスターの効果を最大限に得られないのだ。しかし、それでもなお、叙事詩的なヘヴィメタル作品が眼前にあるのなら、無言の登攀を続ける猛者のように、私達はエピック・メタルを聴き続ける。品質、音質、素質、すべてが完璧な作品は少ない。それを探すことも大きな楽しみの一つだ。


▶「The Age of the Return」(2005) Martiria
Age of the Return


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 好きなヘヴィメタルのアルバムは聴ける時に聴いておくべきだ。なぜなら私達には常に健康であるという保障はなく、若く活力に溢れている時期を見過ごして老いていくことが多いためだ。生涯で与えられている時間はあまりにも多いが、その殆どが意味を持たない時間であることに気付く頃には、既に体力がなく、気力がなく、希望がない時である。故に私達に残されている時間は、実際は相当少ないものであるという考えに辿り着く。
 ヴァージン・スティールの作品の中に『Invictus』(1998)という名作がある。"屈せざる意志"を歌ったタイトル・トラックは、ウィリアム・アーネスト・ ヘンリー(William Ernest Henley)の同名の詩にインスピレーションを受けた強烈な楽曲だ。続く"Mind, Body, Spirit"に至っても、不滅の肉体、及び精神の強靭さを主張している。しかし現代に生きている私達は、常に病魔に悩まされ、精神の強靭さではどうしようもない事態に直面する。自然界の大木よりも遥かに脆弱に、人間の肉体は生命の皮肉によって犯されていく。天変地異の様を眺める生物の無力さのように、人間は速やかに衰えていく。そうした時、私達は後悔をしてはならないということだ。

▶「Invictus」(1998) Virgin Steele
Invictus


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 この地帯の気候には度々うんざりするものがある。既に私達にとって馴染みの深い北欧の冷ややかな気候や、荒野の荒涼としたツンドラの気候が懐かしい。恰も悪意を抱くように、陰鬱な空を私はよく目にした。積乱雲の如き黒檀色の雲が空を覆い、精神に暗い影を落とした。太陽の光は私達を焼き尽くす凄絶なものだし、亜熱帯に近い熱気は生気を奪い去る。時に生ぬるい雨が振る様は、気味の悪い感触を覚えさせる。全身に纏わりつく粘つく霧のように、これらは永久にこの地に住まっている。
 私の周りには常に騒音があって、静寂を祈る。精神を落ち着かせるために私は静寂を必要としたが、その望みは無駄に終わった。人々は戯言を口にし、堕落と頽廃は這い寄るように染み付いた。身体に残る斑模様の斑点は、その不気味さを巧妙に隠している。私はそのような人々が築き上げた都市を目にしたが、眩暈のする建築様式に気が滅入った。それらは決して歪んだものではないのだが、あまりに芸術的に稚拙で、大地に聳え立つに堪えないものなのである。人類の美は葬り去られたに等しいのではないか。私が追求した世界は、偉大なアトランティスが海底に水没したように、永久に深海で眠っているのである。


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 本と同じくDVDもあまり見る機会はない。スペクタクル映画、ファンタジー映画、西部劇を中心によく集めたが、今となっては宝の持ち腐れに過ぎない。私はジョン・ミリアス監督の『Conan the Barbarian』(1982)をこよなく愛した。この映画に関しては現在に至るまでに最も見た記憶が残っている。その度に、コナンの冒険譚に心躍らせたものである。
 エピックメタルのファンとしても見逃せない映画作品は非常に多かった。全てのDVDを再び見直すには相当な時間が必要だが、エピックメタルのレビューが一段落したらDVDのレビューもしていきたいと最近は考えるようになった。私のコレクションの中からでも、娯楽以上の価値を持つ作品が多すぎる。それを象徴するように、『Braveheart』(1995)は私の生涯において一つの転機となった作品である。ウィリアム・ウォレスの「スコットランドは独立した!」という台詞はよく印象に残っている。

▶「Conan the Barbarian」(1982) John Milius
コナン・ザ・グレート (新生アルティメット・エディション) [DVD]

▶「Braveheart」(1995) Mel Gibson
ブレイブハート [DVD]


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 エピックメタルというジャンルに出会う以前、ヘヴィメタルは専らスラッシュ・メタルを愛聴していた頃がある。中でもデイヴ・ムステイン(vo、g)率いるアメリカのメガデスは、最も好きなスラッシュメタルバンドの一つだった。幼き日の私にとって、ムステインの生涯そのものが衝撃に値したことを鮮明に覚えている。メガデスはこれまでに何度も蘇ってきた不滅のヘヴィメタルバンドであるが、その姿こそが、ヘヴィメタルの永遠性を私に強く意識させたのかも知れない。
 当然の如く、この世界の物質的な存在は何れ滅び去るが、ヘヴィメタルやローマ等の偉大な文化や文明は、永遠に記憶に残り、続いていくと思い込んでしまう不思議な個所がある。それともロバート・ワイズの『The Day the Earth Stood Still(邦題:地球が制止する日)』で語られているように、「宇宙ではすべてが消えることなく形を変える」のだろうか。謎は尽きない。
 メガデスに話を戻そう。私はメガデスのアルバムを殆どすべて聴いている。最も最初に聴いたアルバムは『The System Has Failed』(2004)だったような記憶がある。この作品は、インテレクチュアル・スラッシュメタル──ファンは"知的な"スラッシュメタルをこう呼んだ──を代表する傑作である。また、ムステインのソロ名義で発表された問題作であり、メガデスの歴史の中で、最も精神的で暗い作品でもある。当時、社会という巨大な法廷の前に放り出された私は、本作の内容に表現された皮肉やムステイン自身の社会との葛藤に共感を覚えた。まるで、この作品は、アメリカの肥大した社会体制によって蔑にされた病的精神の収容所とでも形容すべきものである。歳月は過ぎ去ったが、私は今でもこの"問題作"を視聴し続けていることを、最後に付け加えておくとしよう。

▶「The System Has Failed」(2004) Megadeth
ザ・システム・ハズ・フェイルド


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 時を忘れ色彩豊かな異国情緒に酔うのは、古くからの知識人の嗜みである。私にとっての異国とは、スペインやメキシコなどの情熱的なラテン国が思い浮かぶ。人によってはエジプトや中東などを思い浮かべることもあるだろう。私達には、"訪れたことのない故郷"というものが存在し、時々思いを馳せる。そう強烈に思わせるのが何であれ、郷愁は心地いいものだ。
 私はヘヴィメタルを通じて様々な異国の故郷を訪れてきたのだが、荒涼とした大地に陰鬱な哀愁の漂う北欧の地を忘れたことはない。ヴァイキングメタルという素晴らしい音楽の幻想で、私はそれらの雄大な光景を目にしたのだ。荒々しい海にもやがては穏やかな季節が訪れ、雪を降らす黒雲の隙間から僅かな光が覗くことがある。その光が黒ずんだフィヨルドの肌をを撫で、異国の光景を映し出す。私が垣間見る北欧の情景は、まだ訪れたことのない故郷の影を明るく照らし出しているのである。

▶「Tiurida」(2011) Falkenbach
Tiurida


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 晴れやかではない陰鬱な日には、エクストリームでスピーディなヘヴィメタルをよく聞くのが通例だ。私は、その日と雰囲気とによって、ヘヴィメタルを上手く使い分けている(これはどこか変な表現かもしれないが…)。古い時代の体現者である私にとって、現実的な社会は至極退屈である。
 ロスト・ホライズン──私の中では、偉大なエピックメタルバンドの一つである──のヴォイティック・リシキがかつてこう言ったのである「毎日同じ仕事を繰り返し、意味のないことで惨めな気持になる」ヘヴィメタルは、退屈や現実の束縛から逃れる数少ない分野の一つである。非現実的なことをヘヴィメタルに求める一方で、例えばスラッシュメタルのように真っ向から社会や軍事と対峙する姿勢もある。そのどちらにしても、ヘヴィメタルは私達にとって明確な意味を持ち、新たな日──ドミネでいう"Dawn of a New Day"──を迎える糧となってくれるのだ。

▶「Awakening the World」(2001) Lost Horizon
アウェイクニング・ザ・ワールド


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 気がつけば、私はヘヴィメタルのCDをあまり買わなくなったようだ。そんな私が二カ月ぶりに購入するに至ったのがクレイドル・オブ・フィルスのアルバムであり、ここに記している。イギリスのヴァンパイア・メタル集団として世界的な知名度を誇るこの偉大なメタルバンドは、久々に私に感銘を与え、購入意欲をそそらせた。私は以前レンタルした彼らのベストアルバムを視聴済みであり、何度も聴くことがあったので、購入すべきだと思ったのだ。
 最近は心境の変化か、聴かないアルバムは必要がないと思うようになった。私の部屋には、大量の一度のみ視聴しただけのアルバムが頻出している上、これが考えものなのである。私達が生涯で聴けるメタルの数は限られていると私は思っている。なぜなら、ヘヴィメタルを新鮮に聴き続けるためには、聴力と労力が必要だからだ。耳は歳と共に、何れ衰えてくるだろう。故に私は若いうちに、価値のあるヘヴィメタルを可能な限り聴くべきなのだ。そのために慎重な選択を心掛けなくてはならない。

▶「Midian」(2000) Cradle Of Filth
Midian


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 私のブログでは購入したCDがトップで分かるようになっている。そこで私の趣味も大方判別できてしまうが、既にご存じの通り、昔のようにCDをまとめ買いしなくなって久しい。一ヶ月に一枚程度しか購入しなくなった事実には、私も気がついてみて驚いた。その理由には、大きく2つある。
 1つ目は、既に私が生活に必要なエピックメタルCDを大部分持っているためだ。最近、私はヴァージンスティールとアイアンメイデンとノックスアルカナ──ジョセフ・ヴァーゴ率いるアメリカのゴシック・アーティスト──しか聴いていない。今まで集めたCDは大量にあるが、本当に何度も聴くアルバムとは意外に少ないものだ。
 2つ目は、メタルグッズ──ワッペンやバッチ、Tシャツ等である──収集のために、資金を殆ど使ってしまってるからだ。昔から収集癖がある私は、徹底的に物を集めるという性質の持ち主で、今までも西洋武具や幻想小説を集めていた。それらは今でも集めているが、一通り集め終わったので、メタルグッズに移行したというわけだ。物理的なものに執着しているのかもしれないが、出来るだけ長く持つものに魅力を感じている。故に食べ物などに金銭を払うのはあまり好きではない。それらはいかに高価なものでも一瞬でなくなるので……

以下は私の愛聴盤CDである:

▶「Seventh Son of a Seventh Son」(1988) Iron Maiden
Seventh Son of a Seventh Son


▶「Visions of Eden」(2006) Virgin Steele
Visions of Eden: The Lilith Project


▶「Blood of the Dragon」(2006) Nox Arcana
Blood of the Dragon


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 映画音楽とヘヴィメタルの共通点はある。また映画音楽とヘヴィメタルの特色もそれぞれに異なる。私は両方の音楽が非常に好きだが、明確な軍配は当然ヘヴィメタルにある。映画音楽に興味を持ったきっかけはヘヴィメタルに導入された映画的な手法であり、私は瞬く間に重厚な緊張感を放つ映画音楽に魅了されていった。そのようにしてシネマスティックな音楽に対する考察も深まっていき、ヘヴィメタルのレビューの際にも幾分か影響を残すようになった。私が特に好んでいるサウンドトラックは、スペクタクル系の作品がほとんどで、分類としては歴史やファンタジーなどの過去や架空の世界を舞台とした作品が多い。臨場感に溢れたそれらの作品を聴くと、聴覚が研ぎ澄まされるかのような感受性を得ることが出来る。映画音楽は、ヘヴィメタルと同じく時に繊細だからである。以下には、私が愛聴しているエピック・サウンドトラックの名盤たちを挙げておいた。エピカルなヘヴィメタルが好きな向きならば、本格的で圧倒的なスケール感に必ずや陶酔することだろう。

▶「Conan the Barbarian」(1982) Basil Poledouris
Conan the Barbarian

▶ 「Braveheart」(1995) James Horner
Braveheart: Original Motion Picture Soundtrack

▶ 「Gladiator」(2000) Hans Zimmer
Gladiator:  Music from the Motion Picture

▶ 「King Arthur」(2004) Hans Zimmer
King Arthur

▶「Beowulf」(2007) Alan Silvestri
Music From the Motion Picture Beowulf


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 少し昔のことを思い出していた。私は昔をよく回想する人間らしい。それには図らずも、私が好古趣味や有史以前の魅力に取り付かれているせいもある。2年ほど前のことだが、私は長時間ヘヴィメタルを聴くことが出来なかった。その主な理由としては、耳の違和感と、激しい頭痛であった。当時の私には、長い間メタルを大音量で聴き続けてきた代償が降りかかってきていた。どうやら私の体は金属音楽に適してなかったらしいのだ。それ故に、昔は二日に一度アルバムを一枚聴くことが限界だった。今考えて見ればおかしな話だ。私が虚弱な人間だったにせよ、メタルが人体に及ぼす直接的な影響は無害であるにも拘らず、むしろ精神面に影響を与えるということを、私は知らなかったのだ。メタルによって形成された人格──何かに感化されて生み出される感情の集合体──は、私にとって貴重なものであった。無論これは現在進行形の事実である。ヘヴィメタルは時に一つの生き様として捉えられるが、私は実体験によって、その生き様が形作られ人々に伝わっていくのを見たのである。長くメタルを信仰していれば、その分の見返りは常に得られている。またその長寿──またの名をメタル歴とも──こそ、人体をヘヴィメタルに適した構造に作り替えていくものである。人間の適応能力の高さをここで挙げておくのが正しいだろう。極寒の地で自然と人間の体が暖を取ろうとする働きと同じく、メタルにも適応していくことは可能なのである。人体の神秘は──宇宙的な神秘には勝らぬにせよ──、時に驚くべきものだ。結果として、昔ヘヴィメタルの音圧に屈していた私だったが、いつからか、自然にヘヴィメタルが違和感なく聴けるようになっていたのである。これはプロパガンダ等の思想的な面での影響によるものではなく、肉体的な対応の結果である。私の思想はずっと昔──私がまだ14歳だったころ──からヘヴィメタルに忠義を良くしていたし、ただ単純に、外の領域──思考とは外の部分──での不一致が生じていたにすぎない。しかし今となってみては、いくらでもヘヴィメタルが聴けるうえ、素晴らしいと思えるメタルに次々と出会うものだから、退屈な日常という無の産物も、少しは楽しめている。

ヘヴィメタルに感謝をこめて
C.B


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 ヘヴィメタルは80年代から始まったのであるが、そのために古い年代の作品が多く現在も残されている。中には有史以前の失われた高度な文明のように、あまり知られていない作品も多いが、今も愛聴されている作品は多い。スラッシュメタルの四天王やアイアンメイデンやジューダスプリーストがそれである。現在も活動を続けている古参は素晴らしいとしか言いようがないのと、ファンの期待を決して裏切らない方向性に好感が持てる。古いメタルは、何故か時に猛烈に聴きたくなる。そうして私は埃のかぶった倉庫から古い作品を引っ張り出してくるのである。その時、恐らく私は大昔の記憶に捉われているのであって、潜在的な光景にもまた捉われているのである。それは古代の朧な記憶であり、私達がヴァイキングメタルに時折抱く感情と同じように、郷愁を誘うのである。古いメタル作品には魅力的な古代──無論それは有史以前の世界ではなく、数十年昔の時代なのであるが──があり、私のような好古趣味的な人物の注意を惹くのだ。


本日の成果:
パワースレイヴ
 アイアンメイデンの5th「Powerslave」は私が猛烈に聴きたくなるアルバムの一つである。単に古めかしく、神秘的な内容がいつも忘れられたころに私を惹きつける。そういった経緯で既に何十回も視聴したこのアルバムは、非常に馴染み深い。いうなれば、私は暗黒の航海に出発しているのだ。神秘的な世界、何処かの深遠を求めて。

深遠より
コスマン・ブラッドリー



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 長らくヘヴィメタルに対しての日記をつけることを忘れていた私は、思い出したかのように今この筆をとっている。然るに何故私がこの日記をつけなかったというと、不幸にも病に伏せてしまっていたからである。ヘヴィメタルのような力強い音楽を聴きながらも、こうも体が弱いとは何とも情けない話である。しかし寝ながらでもメタルを聴くことは出来、専らエピックメタルを多く聞いた覚えがある。もちろん、万全の状態で聴くメタルの方が感動するが、メタルの根本的な素晴らしさには変わりがない。詰まる所、ヘヴィメタル──特にエピックメタルのことである──は私にとって最上の時間を提供してくれる。僅かな時間でも、現実を忘れさせてくれるのだ。


本日の成果:
House of Atreus Act 2
 私が聴いたメタルの中でも、ヴァージンスティールが与えてくれる高揚感は絶頂のものである。元気のない時でも、一曲目のサビの高潔な旋律を聴いた瞬間に、意識が天を仰ぐ。ヴァージンスティールは称賛する箇所があり過ぎて困るが、エピックメタルバンドとして偉大であるとともに、何度聞いても飽きることがない。ヴァージンスティールは、生涯を通して恐らく聴いていくだろうと思う。この「House of Atreus Act Ⅱ」は、私が聴いてきたエピックメタルのアルバムの中では異例の二枚組のアルバム──他に二枚組のエピックメタルアルバムはというと、サウロムの「Sombras del Este」が当てはまる──であり、二枚組としては最高傑作である。このバーバリックかつロマンティックなサウンドに加え、古代ギリシアを想起させるメロディから、本作はトロイアンメタル──私の俗語であり、神話に謳われる都市トロイアでの戦争にあやかって──と呼ぶことが出来る。

C.B


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 異教徒のメタルは深く胸を打つ。この日私はそう感じた。いや何度もこれまでに感じていることなのであるが、今日は文章にしなければならなかった。そうしなければ、私はこの感覚を忘れてしまうだろう。私たちは幸運なことに、"文字で記録する"ことができるのである。


本日の成果:
Magni Blandinn Ok Megintiri
 知らぬ間に導かれているということがあるのだろうか。この日寝る前にふと目にとまったアルバムがこれだった。恐らくこのアルバムはこれで聴くのがたった三度目だったと記憶している。アイスランド、ドイツ混合のファールケンバックは真性のペイガン・メタルだ。遥か北欧のバルト海を思わせる雄大な曲調が、何か私の心臓を捉えていた。これは異教徒たちの真の世界である。聴いているうちに私は眠くなってしまった。それは決して本編が退屈というわけではなく、むしろ心地よい感覚だった。これが大昔のヴァイキング達が見た光景なのだろうか?ゆったりと時間が流れ、現実から遠い異郷の世界に誘われているような感覚と、雄大なビジョンを私は思い浮かべた。それはエピック・メタルが持つ不思議な一体感だった。私は多くのメタルを聴いているが、このような感覚はめったに体験しない(いや実際には常に感じているのかもしれない。それに気づかないだけなのだ)。今はその満足感だけで十分だった。

FALKENBACH 「Magni Blandinn Ok Megintiri」より



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 この日はっきりと体験して分かったことがある。それは、PCのインターネット上の動画や配信で聴くメタルよりも、本物のコンポのステレオ・ピーカーで聴くとでは違いがあり過ぎるということだ。私は今までこのような経験を何度もしているが、今日ほどそれを強く感じたことはない。いくら技術が進歩していようと、生身(今回はこういう表現をさせてもらう)のCDで聴くのは別格だ。他のものは、様々とデータ上を渡り歩くために音質の本質が失われていってしまってるのではないだろうか。そもそも無料で視聴できる音楽に保証はできない。ファンならしっかりと現金でCDを購入して、その違いを知るのだ。やはりヘヴィメタルという音楽は、狭い場所で聴くのではなくラウドな音で、体全体で感じるべきである。それが、メタルとの一体感だ。確かに機械的技術は進歩(もちろん音楽の録音技術の向上はありがたいことだ)したが、そのために安易に音楽のデータを売買できるようになり、手軽に聴けるようになるというもの考えものだと私は思っている。一度メタルという一つの世界に集中して、しっかりとした機材でメタルを聴いてもらいたいものだ。必ず新たな発見があるはずだ。それは興奮や感動、驚異すら感じるものとなろう。もし忙しい現実の就役に屈して時間がもないのなら、それは悲劇以外の何物でもない。メタルには現実で得られるもの以外に大きな教訓が沢山ある。今回のこともそうだ。私は近頃、メタルの視聴をPCで済ませていたのだ。しかし久しぶりにコンポで聴いた時、私はこれまでPCで聴いてきたメタルアーティスト達に謝らなければならないと感じた。なぜなら、PC上での興奮度合が抑えられていたからだ。それはメタルCDに本来再現された音とは、どこかで違っていたものを視聴していたからではないだろうか。メタルとは本来、イヤホンで聴くような小さな音楽ではないのだから。私は自分の所有している音楽をそういった手法で視聴してみるのは、決して無駄でないと断言できる。


本日の成果:
サムシング・ウィキッド・ジス・ウェイ・カムス
 このアイスド・アースの5th『Something Wicked This Way Comes』(名盤)がきっかけで、私はPCとコンポの違いを確認することが出来た。ネット動画で視聴した「Birth of the Wicked」と、コンポのスピーカーで聴く「Birth of the Wicked」とでは360゜も違って圧倒され、打ちのめされた。(そのコンポの音量はいつもと同じである!)正直、これほど違うものなのかと心底驚いた。そしてこのアルバムとの出会いに感謝したい!ヘヴィメタルは何が起こるか分からない、劇的な世界だ。ちなみにこの言葉は本作とかかっている。


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