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「その他コラム 」カテゴリ記事一覧


一般リスナーが人気の高い楽曲を求める背景

 人間が音楽を「良い」と認識するためには、個人的な感情や判断基準が関わってくる。例えば、聴いている音楽が自分の趣味に適していれば、それを「良い」と感じるのは自然なことである。
 しかし、現代にはラジオやテレビCMなどから流れる音楽が溢れており、大衆は無意識のうちにそれらを耳にしている。それは生活をする中で自然なことだが、やがて音楽に対する判断基準に歪みが生じてくる。
 なぜなら、徐々に人間は何度も聴いている音楽を「良い」と認識してしまうからだ。何度も聴いている音楽とは、それだけ多くの人々が知っているものである。つまり、他人が知っている楽曲は「良い」のだ。
 こういった人間の曖昧な部分を上手く利用しているラジオやテレビCMなどは、純粋な音楽ファンにとっては極めて害悪な存在である。なぜなら、組織的な力を持ったレコード会社の圧力や指示などで、ラジオやテレビCMなどは簡単に操作できるからだ。
 残念ながら、一般リスナーに大希望なビジネスと化した、今の音楽業界を変える力はないのである。それどころか、一般リスナーたちはラジオやテレビCMなどから流れる音楽を、自然に耳で追い求めるようになっている。

ピース・セルズ...バット・フーズ・バイイング?




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Kindle本『騒音サイコパス 1: 兄のヘビメタ騒音で人生がない』を考察する

The Heavy Metal And Noise Problem.


騒音サイコパス 1: 兄のヘビメタ騒音で人生がない



ヘヴィメタルと人間の人生
 現代の社会の中では、人間たちが普通に多種多様な音楽と接しながら生活を送っている。しかし、そういった個人を取り巻く環境は、様々な要因で変化していくものだ。
 エイリ氏のエッセイ『騒音サイコパス 1: 兄のヘビメタ騒音で人生がない』には、家族の齎す騒音によって、如何に本人の人生の価値が損なわれてきたのか、ということが書かれている。また、その内容は極めて現実的なものであり、本書には筆者の痛烈なメッセージが込められている。
 『騒音サイコパス 1: 兄のヘビメタ騒音で人生がない』が取り上げている内容は、筆者の兄が長時間に渡ってヘヴィメタルを聴いていることで、それが騒音へと変化しているという現実である。この問題は、個人的なものだが、その背景には、筆者の精神状態や家族との関係が存在している。
 筆者がこういった状況へと陥った経緯は、ヘヴィメタルのファンたちも無視できないものがある。そこには、ヘヴィメタルが音楽としての本質を失い、騒音として機能する生活がある。
 また、この『騒音サイコパス 1: 兄のヘビメタ騒音で人生がない』は、そういう環境が作り上げられる従来の社会や家族という仕組みの欠陥も指摘している。つまり、ここでは、無責任な親たちが勝手に生み落とした子供たちが、与えられた環境から逃れられない現実に直面しているということである。
 実際のところ、健全な人間たちが騒音問題から逃れるためには、住む場所を変える、家に防音工事をするなどの選択肢があるが、最初から何の力も持たない無力な子供たちは、そういうどうしようもない現実の中に居続けるしかないのである。そして、自らがその問題に気付いた時には、既に長い時間が流れている。
 いつの時代も、本当に苦しんでいるのは非力な子供たちだ。そういう子供たちは、親から与えられた環境に満足するしかないのである。


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ツイッターはエピック・メタルのためになるか~ツイッター利用で分かったこと~

 大橋大希氏が『METAL EPIC』や個人の小説の宣伝のために開始したツイッターだが、エピック・メタルに関係したツイートに予想以上の反響を頂いた。日本のツイッターの中では、最新のヘヴィメタルの情報もユーザーたちによって交換されており、常に有益な知識を得ることが可能となっている。私たちはそういったコミュニティには全く知識のない状態で参加したが、意外にもヘヴィメタルに関係するツイートをしているユーザーは多かった。そこにエピック・メタルという、あまり聞き慣れない言葉をぶち込んだ今回のツイッター利用は、結果的に『METAL EPIC』の企画としては成功だったように思う。ツイッターのユーザーたちからは、初めてエピック・メタルを知ったというツイートを幾つか頂いたし、同時に大きな興味を持ってくれたようだ。ここから分かったことは、エピック・メタルのサブ・ジャンルがまだ日本では浸透していないという現状である。当然のように、私たちは今後もツイッターやこの『METAL EPIC』でアンダーグラウンド・シーンのエピック・メタルを広め、資料の作成や作品のレビュー、最新情報などを更新していくつもりだ。その中で、やはりツイッター利用という部分は大きいと感じた。なぜなら、今の日本では仕事の会議中でも数秒でツイートすることができるし、携帯機器はあらゆる人間の生活必需品になっているからだ。そういった環境の中で、エピック・メタルの拡大を目的とするなら、これらのコミュニケーション手段は大きな可能性を秘めていることになる。正直なところ、私たちも難しい資料やコラムを書いてブログのアクセス数が上がらないのなら、手軽なツイッターでエピック・メタルを広める方を選ぶだろう。

2014年9月、『METAL EPIC』編集部


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MD時代の終わり

 これ以上MDを買う必要はなくなった。長いことMDに頼ってきたが、結局CDでヘヴィメタルを聴くのが最も適しているのだという結論に辿りつくのである。MDは確かに優れたものであった。今ではすっかり廃れてしまった商品だが、この小さいディスクのために様々な場所で音楽を楽しむことが出来た。インターネット上でMP3音源がダウンロードできるようになった今日では、これらの役目は終わりを告げようとしている。時代に取り残された品々が陳列された社会というコミュニティの中で、どうやらレコードやCDだけは生き永らえる傾向にあるようだ。音質的に最もレコードが突出しているが、それに次ぐのがCDであろう。お気に入りのCDを大切に保管し、MDに書き込んで聴く、という考えはもはや過去のものとなったのである。
 年老いた者ならば誰もが考えることであるが、もっと人生を謳歌していればよかったと思うであろう。ならば音楽も最高のもので聴きたいというのが当然の欲求である。それが私の場合はCDであり、MDを棚の奥にしまい込むことなのだ。CDの膨大なコレクションは使用してしまっては価値が劣ると考える向きもあるであろうが、我々は『指輪物語』のエルフとは違い定命の時間を生きている(ここで言いたいのはコレクションなど木乃伊には何の価値もないということだ)。最良の方法を探すことは自然法則に乗っ取った行動である。そして音楽にとっての最良の方法とは、MP3ではなくCDを用い、整えられた機材で静寂に浸りながら拝聴するということなのである。


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娯楽映画の推移

 時代を経て、白黒のスクリーンは3Dの立体的な映像を映し出すようになった。VFX(*)やCGの斬新な仕事は映像をよりリアリティのある視覚的なものへと変化させ、不可能な表現が可能となった。頻繁に"映像革命"が起こり、ダイナミズムを極めた映画が生み出された。戦後の人々にとって映画は唯一の娯楽であったが、時代が平和になるにつれ、映画の描く世界観も変化していった。単なる娯楽的な内容は徐々に薄れていき、壮大な思想や文化、社会的メッセージを含むようになったのである。 
 太古の神話や伝承がそうであったように、エピックメタルで映画作品が題材とされるのは常であった。彼らは映画の真実味のある内容に目を付けたのである。題材となったのはヒロイックな内容を含む一連の作品群であった。主に『Conan the Barbarian』(1982)、『Highlander』(1986)、『Gladiator』(2000)、『The Lord of the Rings』(2001)等がエピックメタルの歴史で実際に用いられた。これらは過去の世界や異なる世界に遡り、現代と比較することで人類の世界を再確認するというものである。また、人類が見逃しがちな神秘に目を向けるきっかけとなる内容も持ち合わせていた。彼らは映画における変化に気付いていたのである。
 映画における変化は、西部劇に顕著に表れた。ジョン・フォードに代表されるアメリカの正統派西部劇(Classic Western)は、正義の保安官が悪のガンマンを倒し、町の秩序を守るという勧善懲悪であった。イタリアのセルジオ・レオーネを代表とするマカロニウエスタン(Spaghetti Western)の登場は画期的であり、アメリカやメキシコの黒歴史を描き、人間の本質を射抜いていた。レオーネ作品での西部劇が娯楽を超越した方向性を見出していたことは明白であった。アメリカの人々は決して勧善懲悪には収まりきらない西部劇に驚愕した。50年代から60年代にかけて西部劇は変化し、内容は著しく視聴者の感情を揺さぶるようになった。大衆は娯楽としての映画ではなく、思想や啓示の発信源、異文化の触れ合いを目的として映画を捉えるようになっていったのである。
 21世紀の映画作品は、根底的な人間性に訴えかけるものが多くなった。真実を追求しているのである。それはどの作品にも顕著であるが、巨額の製作費を投じたハリウッド作品ですら、スペクタクルなその方向性を見出している(ハリウッドが手掛けた『Ben-Hur』(1959)はその先駆けである)。人々が映画に求めるテーマが変化していった結果、映画の描く世界観は深淵になったのである。「映画は娯楽のみではない」この思想は音楽にも共通するものである。


*Visual Effectsの略。CGとは異なる非現実的な視覚効果を表現する際の技術力を指す。『スター・ウォーズ』、『ハリー・ポッター』を手掛けたILM社が有名。続きを読む
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ヒット数とその陰影

 一部の例外を除き、ヘヴィメタルはあまりヒットを飛ばさないという実績がある。それはCD売上やMP3ダウンロードにまで及び、時にはサイトのヒット数に影響を及ぼすこともある。コンテンツ(内容)が如何に充実してようとも、ヘヴィメタル系のサイトは伸び悩んでいるようだ。かつて商人によって取引された高値の金銀細工のように、価値を見定めることが出来なければ、自ずと客足は減り需要がなくなっていく。ヒットとは万人が認めるものに起こる現象である。
 私も本ブログ"通称エピックメタル専門ブログ"を開始するにあたり、ある程度のヒット数は切り捨てた。エピックメタルがそうだったように、地下でひっそりと活動することを選択したのである。考えて見てほしい。影の世界──ある者はカルト世界と表現する──で脈動し続けてきたこれらの分野が、現在まで生き永らえてこられたのは何故かという疑問に。
 その答えは、宗教にヒントがあるとみて良いだろう。世界各地の秘境に未だ残る民族部族間の異端崇拝がその最もな例である。それらの宗教は、悠久の太古から世代を超えて受け継がれてきた。恰も、かの有名な『スター・ウォーズ』の一子相伝のシスのように。ならばこの法則が、エピックメタルという分野にも適用されるのではないだろうか。私はその可能性を熟考した。少数派の思想や文化が何世紀も生き永らえるためには、一子相伝の方法で、なおかつ厳重に守護していかなくてはならない。つまりは、普遍的な大多数の民衆よりも、堅実で知的な者の方が伝達者(Herald)としては適しているということに繋がる。彼らは俗にアウトサイダーと呼ばれたり、支配的5%と呼ばれることもある。彼らが多数派に紛れることは少ない。カルト的なごく少数の中に、その者らは隠れ潜んでいる。そうした人物を見出すために、何を選択すれば良いのか……。博学な『METAL EPIC』の読者なら、既にお気付きだろう。


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エピックメタル外伝:ヴァージンスティールに関する逸話

 エピックメタル界には、興味深く、好奇心に駆られる話が山のように眠っている。その殆どが地下で語り継がれている陰惨なものであるが、その一部ですら光を浴びるということもまずない。私が今回話すのは、アイアンメイデンの不朽の名作『Powerslave』(1984)と、ヴァージンスティールの歴史的な傑作『The Marriage of Heaven & Hell, Pt. II』(1995)に隠された逸話である。ヘヴィメタルとエピックメタル双方にとって重要なこの大作には、実に興味深い共通点があったのだ……




Powerslave

 イギリスを拠点に活動を続けるアイアンメイデンは、これまでに夥しいほどの名作を世に残してきた。彼らの活躍がなければ、英国チャートの上位をヘヴィメタルが占めるなどという歴史的な事件は起こりもしなかっただろう。ヨーロッパで最も成功を収めたヘヴィメタルバンド、それがアイアンメイデンである(そして、もう一方の"ヘヴィメタル大国"アメリカで最も成功を収めたヘヴィメタルバンドはメタリカだった)。
 若かりし日のアイアンメイデンが1984年に発表した第5作『Powerslave』は、現在でもヘヴィメタル史上に名を残す、名作中の名作である事実は揺るぎない。このアルバムを傑作とするファンならば皆口を揃えてこういうものだ「このアルバムは冒頭の2曲、"Aces High"と"2 Minutes to Midnight"に尽きる」
 ヘヴィメタル屈指の名曲を2曲も取り揃えたこの豪勢なアルバムには、始めてアイアンメイデンの世界に踏み込むファンも衝撃を受けた。更に、冒頭の2曲という選曲が途轍もないインパクトだったのだ。傑出した冒頭の2曲……僅かながら、熱心なヘヴィメタルのファンはあるエピックメタル作品に思い当たった。


Marriage of Heaven & Hell Part 2

 "エピックメタルの帝王"と称され、芸術的なエピックメタル作品を世に送り続けてきた唯一無二のマエストロ、デヴィッド・ディフェイ(Vo)率いるヴァージンスティールが1995年に完成させた傑作『The Marriage of Heaven & Hell, Pt. II』。本作がエピックメタル史上に残る名盤であることは疑いようがない。壮大な叙事詩的作品であるこのアルバムは、収録された楽曲から神話的な世界観に至るまで、ありとあらゆる個所が優れている。エピックメタルファンは、本作を聴くことを義務付けられている。
 このアルバムには永遠の名曲"Emalaith"──私が最も称賛するエピックメタル曲──の他に、先述したアイアンメイデンの『Powerslave』と同様、アルバムの冒頭2曲に素晴らしい名曲を配している。"A Symphony Of Steele"と"Crown Of Glory (Unscarred)"という劇的な名曲がそれであり、エピックメタルのファンはこの冒頭の2曲を指して言うのだ「"A Symphony Of Steele"と"Crown Of Glory (Unscarred)"は、エピックメタル史上最高の2曲だ」
 これで、アイアンメイデンとヴァージンスティールの奇妙な共通点がお分かりになったことだろう。この冒頭2曲の構成は、どうにも『Powerslave』に似すぎている……なんという偶然──ディフェイ本人がアイアンメイデンを意識していなければの話であるが──の産物だろうか!願わくば、ヘヴィメタルとエピックメタル、両世界屈指の名曲を是非とも聴き比べて頂きたい次第である。


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特異なる"衝撃"

セイント・アンガー

 途方もない"衝撃"は、ヘヴィメタルファンにおける一種のカタルシスの大部分を担っている。幼い精神に与えられたヘヴィメタルの重厚な旋律は、さぞ衝撃的なものだろう。キリスト教世界おける洗礼のように、私達ファンはヘヴィメタルの荘厳な洗礼を受けたのだ。このメタリカの『St. Anger』(2003)にしても、未熟な若者が聴くにはあまりにも衝撃が大きすぎる。
 「怒りの聖人が首にかかる。全部クソ喰らえ」タイトル曲が放つ途方もない衝撃に、まだ幼かった私は茫然と直立することしかできなかった。彼らの訴えようとするメッセージがあまりにも重すぎ、そして真実味を帯びていたからだ。現実を遥かに凌駕する"衝撃"がここにはあったのだ。
 しかし、メタリカは決して現実逃避主義者ではない。現実の矛盾と眼前で直面し、私達にメッセージを告げてきた。どこまでもシリアスで無駄が一切ない。それがメタリカの作る音楽だった。メタリカの妥協しないスタイルは、捨て曲で犇めく商業音楽界へのある種の返答であるかもしれない。以後、ヘヴィメタルにおける捨て曲は皆無となり、常に途方もない"衝撃"を与える特異な音楽へと変化していったのである。


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お蔵入りになったエピックメタル

 今日は苦い思い出を語らせてもらおう。まだ私が10代の頃、ところ構わずにエピックメタルのアルバムを発掘しては、中身を確認せずに購入していた時期があった。アルバムのジャケットや、バンドのコンセプトなどから興味を持ったメタルを入手しようと励んでいたのだ。
 フィンランド出身のエピックパワーメタル、Battlelore(バトルロー)とはその時に出会い、私に考えを改めさせたのである。私の好きなヘヴィメタルのサウンドは、昔から変わっていない。エピカルでヒロイックなヘヴィメタルならいかなるバンドでも興味の対象である。私が当時購入したのは、バトルローの2nd『Sword’s Song』(2003)であり、インターネット技術をまだ所有していなかった私は、CD店に取り寄せてもらった。当然、現在のユーチューブのように変幻自在にヘヴィメタルを視聴できるわけではなく、私の情報源は雑誌のみだった。そこで触れられていたバトルローのレビューが非常に興味をそそる内容だったのを今でも覚えている。メンバーのファンタジックなコスプレも効果的に作用した。サウンドは、トールキンの作品を題材にしたドラマティックなものであるという。エピックメタルファンなら食いつかない手はないではないか。
 そして、いざ箱を開けて見ると、貪欲な私ですら幻滅するサウンドだった。私の期待を裏切るチープなサウンドは、若い私には衝撃的だったのだ。それ以来、私は今もこの悲劇的なエピックメタルアルバムを封印したまま、机の何処かにしまってある。バトルローが決して劣悪なヘヴィメタルバンドというわけではない。ただ私の肌に合わなかっただけなのだ。この文章を読んでいる者も、一度はそういった経験があるのではないだろうか。ヘヴィメタルは、ラジオやテレビで取り上げられる音楽ではないため、アルバム購入の半分は綱渡りなのである。むしろ良い経験をしたものだと、バトルローには感謝しなければならないだろう。これもヘヴィメタルファン特有の経験談なのだから。いつかこのアルバムを再び視聴し、私が何を感じるのか、それも面白い。以前書いたように、"ヘヴィメタルの再発見"は頻繁に起こる出来事であり…。しかし、このアルバムに迂闊に手を出してはいけないと、私は勝手に思い込んでいる(笑)。

▶「Sword’s Song」(2003) Battlelore
SWORD’S SONG



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現代社会及び音質の実態に関する警告

 音楽すらも情報社会と化しつつある現状が、凄惨なCD離れを引き起こしている今、私達は何かを見失って久しい生活を送っている。町を歩けば多くの人間がヘッドフォンを耳にし、携帯電話で楽しく音楽を聞いている。余りにも見なれた現状だが、そこにある落とし穴に私達は気付いていない。彼らは音楽をCDではなく、インターネットを通して得ることの出来るデータで購入する。効率的で即効性のある市場体制は、私達に「手軽な音楽」を配給した。しかしそこで私達は何を見失っていったのか、検討していくこととしよう。

 私達がレコードやCDを聴いていた時代、それは古き良き時代だった。音楽自体が重みのある生活の一部であり、聴者も制作者も真摯だった。私達はいずれかのバンドや作曲家のファンになり、店舗や中古店でCDを探す日々だった。望むものが手に入る時代ではなく、苦労だけがそれに応える結果を幾分かだけ勝ち得た。そして念願のCDやレコードを手にした幼い私達は、希望が達成された時に得る尊い達成感──それは苦労した者のみが手にすることのできる──を味わったのだ。しかし変化は早急に訪れた。次々に人間の科学は向上し、人的な行為が機械の動作に移り変わった。それらは人間の労働を激減させ、さらなる発展を遂げようと邁進していった。人類の技術力の進歩は驚異的であり、古き時代から着実に積み重ねられてきた努力を一瞬のうちで消化した。加えてインターネット、つまり情報の拡大は凄まじいまでの速度で世界を支配した。そして人々も、当然それに魅了された。便利なものは積極的に利用する、人間の本質的な動作だった。触発された情報社会は更に飛躍、遂にはあらゆるものがインターネットで手に入るようになる。私達はそれを喜ぶ以外の表現を知らなかった。
 音楽が情報化されたのもこの頃だった。MD、テープ等の録音技術も画期的ではあったが、やがて登場したパソコン並びに「iPod」は、それまでの音楽社会を徹底的に打破するものだった。インターネットで販売されるデータを購入することが可能な音楽プレイヤーの発売は、世界中の人間に驚異的な速度で浸透した。更にそれらの機器は、驚くほど小型化されていた。ここでCDを持ち歩くという古い習慣は終わりを告げたのである。加えてそれは、CDが撲滅される可能性を示唆していた。画期的だったのは他にもある。パソコンを通して閲覧できる無料動画サイト等のダウンロードは、簡単にアーティストの音源をCDなしで入手することを可能とした。日々、ユーチューブ等の世界的な規模を誇るサイトから、個人経営の小規模なサイトにまで及び、音楽の"無料"ダウンロードは行われている。好きなバンドの音楽を無料に、更に迅速に入手することが出来る時代になったのだ。古い時代を思い出すと、まさに夢のような時代が到来したことが分かる。私達は理想を技術で買い取ったのだ。
 真実、レコードの音質が最も良いものだった。次にCDが入り、かろうじてMDも劣化はしていない。アーティストが苦労したCDやレコードには、──生にはかなわないが──本物の音質があった。しかしCDにしろMDにしろ、収録時間には限界があった。CDは80分が限界である。なぜそうなのか。理由は簡単だった。ほとんど圧縮をしていない。MDは私の知る限りでは、4倍まで圧縮ができ、収録時間を4倍に出来た。だが「iPod」は違っていた。薄いチップに途轍もない量を内蔵できる。進化した圧縮技術の勝利だった。驚くほど小さい本体に、大量の音楽データ、利用しないはずはなかった。人類は何と便利なウォークマンを開発したのだろう、それが私達の意見だった。事実、パソコン、「iPod」の音質はCDの1/10に劣化しているが、聞くに違和感はなかった。それは微小な、繊細な聴覚器官の問題であり、誰しもその事実は考慮しなかった。「iPod」、ウォークマンで使われるAACは、「MPEG-4 AAC」なんとMP3より1.4倍ほど圧縮効果があった。そこから導き出される答えは、果たして何を意味しているのか。おこがましいが、私は「iPod」を持っていなければ、インターネットで音楽をダウンロードしたこともない。いや、しようとも思っていない。まさに"時代遅れな"人間として嘲笑されるだろう。


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New Release (Epic Metal)

Times of Obscene Evil..

by Smoulder (1st album)
"The New Epic Metal Album"

Grey Maiden -Ep-

by Gatekeeper (mini album)
"The New Epic Metal Album"

The Armor of Ire

by Eternal Champion (1st album)
"The New Epic Metal Album"

CODEX EPICUS

by Battleroar (5th album)
"The New Epic Metal Album"

Conqueror's Oath

by Visigoth (2nd album)
"The New Epic Metal Album"
METAL EPIC Books

叙事詩的なヘヴィメタルの歴史

音楽論『叙事詩的なヘヴィメタルの歴史』Kindleストアにて発売中。約5年間に渡るエピック・メタル研究の集大成。主要バンドの紹介、歴史の解説、幻想文学との関連性、エピック・メタル・ルーツへの言及など、アンダーグラウンド・シーンを紐解いた衝撃のヘヴィメタル史。

ハイパーボリア全集

拙著『ハイパーボリア全集』、『ハイパーボリア全集2』、『ツチョ・ヴァルパノミの炎の王国』、『最後の理想郷』、『探索者』、『ツァトゥグアの祠』、『イグの神殿』、『オルグリアス』、『ファルナゴスの遺産』、『イックアの妖術』、『ズロヒムの死』、『失われた先史』Kindleストアにて発売中。1930~1950年代頃の『Weird Tales』誌やクトゥルー神話群を踏襲した幻想怪奇短篇集。
The Master

コスマン・ブラッドリー博士

Author:コスマン・ブラッドリー博士


Cosman Bradley(16/06/10)
David Orso(16/06/10)
Daiki Oohashi(16/06/10)
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