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Introduction

Robert_E_Howard

「エピック・メタルとは、叙事詩的なヘヴィメタルの総称であり、主に大仰かつ劇的でヒロイックな音楽性を示す言葉である」 [More stats] 

 ──Cosman Bradley


◆新着情報 News Topics
[Reviews]
VALKYRIE 「Deeds of Prowess」
WRATHBLADE 「Into the Netherworld's Realm」
VIRGIN STEELE 「Nocturnes of Hellfire & Damnation」
[Release]
Jack Starr’s Burning Starr 「Stand Your Ground」
Cirith Ungol 「King Of The Dead」
Manilla Road 「To Kill a King」

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ナイジェル・サックリングの言葉(The Words Of Nigel Suckling)


著者:Cosman Bradley
編集:METAL EPIC


 ナイジェル・サックリング(Nigel Suckling)が『ヒロイック・ドリームズ : 英雄夢想語』(Heroic Dreams, 1987)の中で言及した、ヒロイック・ファンタジーとヘヴィメタルの共通点についての考察。


「野人コナンとヘヴィメタルの間には、目に見えるほどの差はない。双方とも勇敢に、敵対する世界を自らの手で征服する。ただそこで違うのは使用する武器だけである」

 ──Nigel Suckling



ヒロイック・ファンタジーとヘヴィメタルの共通点
Heroic_Dreams.jpg ロバート・アーヴィン・ハワード(Robert Ervin Howard)やマイケル・ムアコック(Michael Moorcock)などの作家が創造した壮大な世界を、もし視覚的に体験したいと考えるならば、『ヒロイック・ドリームズ : 英雄夢想語』は大きな役割を果たすはずである。ここに収められているのは、過去に活躍した華々しいファンタジー・アーティストたちの傑作群だ。
 この『ヒロイック・ドリームズ : 英雄夢想語』は、1987年に日本テレビが発行した大型本であり、かつてのヒロイック・ファンタジーの盛り上がりを体験するためには、正に至高の内容である。本書の中には、レス・エドワーズ(Les Edwards)、ジュレク・ヘラー(Julek Heller, 画像参照)、アラン・クラドック(Alan Craddock)などの有名ファンタジー・アーティストたちの作品が掲載され、それらは「コナン」、『火星』シリーズ、『永遠のチャンピオン』、『ベオウルフ』、「アーサー王伝説」、ウェルキンゲトリクス、ケルト神話、北欧神話、その他の中世・古代の英雄叙事詩などにインスピレーションを得たものとなっている。
 また、エピック・メタルのファンたちの心を揺さぶるのは、何も派手なイラスト集だけではない。この『ヒロイック・ドリームズ : 英雄夢想語』の中には、イギリスの作家、ナイジェル・サックリングが執筆した興味深い文章が掲載されている。この文章とは、ナイジェル・サックリングが過去のヒロイック・ファンタジー小説や英雄叙事詩を独自に考察したものであり、そこで指摘されていたのが、ヘヴィメタルとの共通点だったのである。
 詰まるところ、ナイジェル・サックリングが語るには、「コナン」に代表されるヒロイック・ファンタジーの世界観と、ヘヴィメタルが持つ精神性が、極めて似通っているというのである。この無限のヒロイック・ファンタジーの知識を持った作家が、当時のエピック・メタル・シーンを把握していたのかは分からないが、巧みに紡ぎ出された言葉は、驚くべきことに、殆ど真実を物語っている。
 例えば、コナンやゾンガーなどの野蛮な英雄──ナイジェル・サックリングの言葉を用いれば、"バーバリック・ヒーロー"──たちは、一振りの剣を武器として掲げ、広大な大陸の煌く諸王国を蹂躙していく。そこには、英雄(戦士)の敵となるべき邪悪な魔術師や魔物たちの存在があり、人々は圧政や虐殺に耐えながら、常に貧しい生活を送っている。
 同じく、世界各地で活動するヘヴィメタル・バンドたちも、ギターやドラムという現代の武器を掲げ、傲慢な大人たちや社会が繰り出す圧力や弾圧に対して、抵抗の声を上げている。そして、バーバリック・ヒーローとヘヴィメタル・ミュージシャンの背後には、常に熱狂的な信者(ファン)たちが付き従っているのだ。
 こうした図式を見る限り、──正にナイジェル・サックリングが語った通り──ヒロイック・ファンタジーとヘヴィメタルがやっていることの根底には、全く同じ血が流れている。だからこそ、現代のヘヴィメタル・ミュージシャンたちは、挙って過去のヒロイック・ファンタジー小説や英雄叙事詩などを作品の題材に選択する。
 "エピック・メタル"というサブ・ジャンルが誕生した経緯も、全ては過去の偉大な作家たちの筋書き通りだったのかも知れない。

{Sept 7, 2017}


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The Epic Metal And Fantasy Art.


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幻想文学の美しい絵画の世界
 エピック・メタルというジャンルに欠かせないのが、ヒロイックな作品を彩る幻想的なカヴァー・アートワークである。その美しく幻想的なアートワークがあってこそ、エピック・メタルのファンたちは、このジャンルの壮大な音楽の視覚的イメージが掴めるのだ。そして、当然のように、過去の偉大なエピック・メタル・バンドたちは、アルバム・ジャケットが持つ魔力を充分に理解していたのである。
 例えば、エピック・メタルの始祖であるキリス・ウンゴル(Cirith Ungol)は、わざわざファンタジー・アートの巨匠、マイケル・ウェーラン(Michael Whelan)に許可を求め──バンド側も最初は、フランク・フラゼッタ(Frank Frazetta)を使うことを考えていたのだが──、全てのアルバムに印象的な"シンボル"を登場させた。この"シンボル"とは、イギリスの小説家、マイケル・ムアコック(Michael John Moorcock)の名作『永遠のチャンピオン』(Eternal Champion)シリーズの中に登場する、混沌のマークやエルリックなどのことだった。
 また、"メタルの王たち"の異名を取るマノウォー(Manowar)は、"コナン・アート"で有名なアメリカのアーティスト、ケン・ケリー(Ken Kelly)とタッグを組み、強烈な印象を放つアルバム・ジャケットを生み出した。マノウォーの名作『Kings Of Metal』(1988)に描かれた、敢えて顔をはっきりとは描かれていない戦士は、後にバンドの"シンボル"となった。
 その他にも、世界各地のエピック・メタル・バンドたちによる、アルバム・ジャケットに情熱を捧げた逸話は、数多く残っている。
 メロディック・パワー・メタルやエピック・メタル・シーンの中で、既に馴染み深い存在となったドイツ人のアンドレアス・マーシャル(Andreas Marschall)は、無数の幻想的なアルバム・ジャケットを描いたイラストレーターの一人だった。アンドレアス・マーシャルが手掛けた有名なカヴァー・アートワークは、ブラインド・ガーディアン(Blind Guardian)、ランニング・ワイルド(Running Wild)、グレイヴ・ディガー(Grave Digger)、ハンマーフォール(HammerFall)、ダーク・ムーア(Dark Moor)などである。
 ここで紹介した有名なカヴァー・アートワークのデザインは、何れも作品や楽曲の持つ世界観に対して、アーティスト側が独自にインスピレーションを得て形となったものだった。つまり、エピック・メタルの壮大な世界観は、楽曲とアートワークが一つになり、そこで初めて完成したのである。
 このように、叙事詩的なヘヴィメタルの世界には、それを彩る幻想的なアートワークが必要不可欠であり、バンドやファンたちも、芸術の分野には、人一倍深い関心を持っていた。常に壮大な視覚的イメージがあるからこそ、エピック・メタルは無限の可能性を放つことができたのだった。


Metal Epic, Sept 2017


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エピック・メタル名言集(The Epic Metal Famous Words)


著者:Cosman Bradley
翻訳:METAL EPIC


 代表的エピック・メタル・バンドの名言集。

キリス・ウンゴル(Cirith Ungol)
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「我々の音楽性は、一般的に“エピック・メタル”と分類されている」
 ──グレッグ・リンドストーム


マニラ・ロード(Manilla Road)
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「『インベイジョン』の発表後、誰かがインタビューの中で、ヘヴィメタルの音楽のスタイルを訪ねた。私は一瞬考えてから、“エピック・メタル”と答えた。その時から、我々は、常にエピック・メタル・バンドだと思われている。当時の私には分からなかったが、多くの人々は、あれが叙事詩的な音楽のスタイルの誕生の瞬間だったと言っている」
 ──マーク・シェルトン


マノウォー(Manowar)
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「偉大なるオーディン、戦いの神に心からの敬意を表する時に、カントリー・ミュージックやジャズやテクノでは、適切なイメージは生まれない。オーディンについて歌うのであれば、真のヘヴィメタルでやらなくてはならない。それ以外では、適切なものにはならないだろう」
 ──エリック・アダムス


ヴァージン・スティール(Virgin Steele)
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「大胆かつ大仰で、堂々とし、壮大なものこそがヘビィメタルだ。そして、尊大であり、シンフォニックであり、現実とは異なる世界へと連れて行ってくれる……。それが俺たちにとっての真のへビィメタルなんだ」
 ──デイヴィッド・ディフェイ


コルドロン・ボーン(Cauldron Born)
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「(マニラ・ロードを)聴いたことないね」
 ──ハウィー・ベントレー


ラプソディー・オブ・ファイア(Rhapsody Of Fire)
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「(『ロード・オブ・ザ・リング』は)ファンタジーの世界を最もリアルに再現した映画だ」
 ──ルカ・トゥリッリ


バルサゴス(Bal-Sagoth)
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「我々のジャンルはヘヴィメタルではない。“バルサゴス”だ」
 ──バイロン・ロバーツ



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NWOMEMの定義と代表的なバンド(The Definition Of NWOMEM And Typical Band)


著者:Cosman Bradley
翻訳:METAL EPIC


 NWOMEMに関する調査結果。

NWOMEMの定義
 “ニュー・ウェイヴ・オブ・メディタレニアン・エピック・メタル”(New Wave Of Mediterranean Epic Metal, NWOMEM)とは、2000年代後半の地中海各地で勃発した、ヘヴィメタルのムーヴメントの一種である。
 NWOMEMにおけるエピック・メタルの定義とは、80年代にキリス・ウンゴルとマニラ・ロードが提示したサウンドと精神性を追求し、それに限りなく接近した音楽のスタイルを、自らが演奏しているということ。

代表的なバンド
 主に2000年代以降、地中海各地のアンダーグラウンド・シーンから登場したキリス・ウンゴルやマニラ・ロードなどに強い影響を受けたバンドたちが含まれる。

イタリア
 ・ドゥームソード(DoomSword)
 ・マーティリア(Martiria)
 ・ロジー・クルーシズ(Rosae Crucis)
 ・ホーリー・マーター(Holy Martyr)
 ・ヴォータン(Wotan)
 ・アイシー・スティール(Icy Steel)
 ・バトル・ラム(Battle Ram)
 ・スパルタクス(Spartacus)

DoomSword.jpg

ギリシャ
 ・バトルロア(Battleroar)
 ・セイクリッド・ブラッド(Sacred Blood)
 ・ラギング・ストーム(Raging Storm)
 ・ラースブレイド(Wrathblade)

Battleroar-01.jpg

キプロス
 ・アラヤン・パス(Arrayan Path)
 ・ソリタリー・セイバード(Solitary Sabred)

SolitarySabred_03.jpg

ポルトガル
 ・アイアンソード(Ironsword)

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エピックメタルの帝王(Emperor Of The Epic Metal)


著者:Cosman Bradley
編集:METAL EPIC


 以下は以前コスマン・ブラッドリー博士が書いた文章を『METAL EPIC』誌が新たに編集し直したものだ。ここではヴァージン・スティールとエピック・メタルの関係性についての研究の成果が記されている(前回より...)。


「大胆かつ大仰で、堂々とし、壮大なものこそがヘビィメタルだ。そして、尊大であり、シンフォニックであり、現実とは異なる世界へと連れて行ってくれる……。それが俺たちにとっての真のへビィメタルなんだ」

 ──David DeFeis



エピックメタルの帝王
Virgin_Steele_02 前作『Life Among the Ruins』(1993)の発表から約1年後、ヴァージン・スティールは新作のためにいくつかのアイデアを試した。それが具体的な形となって完成したのが1994年に「T&T / Noise」より発表された第6作『The Marriage of Heaven & Hell Pt. Ⅰ』であった。本作の発表はヘヴィ・メタルのファンの間に大きな波紋を生み、特にこの作品が欧州のファンに広く認められたことでエピック・メタルは世界的な市民権を得た。また、本作はコンセプト・アルバムの第1作目であり、人種問題や宗教問題、戦争などをメイン・テーマにしていた。輪廻転生を題材にしたという本作の壮大なテーマ・メロディに関しては、冒頭を飾る名曲"I Will Come for You"と最後のインストゥルメンタル"The Marriage of Heaven and Hell"で聴くことができる。この他にも、作品にはデイヴィッド・ディフェイ本人の個人的な葛藤や文豪エドガー・アラン・ポーの詩を扱っている楽曲も導入されていた。後に、この作品は『The Marriage of Heaven & Hell Pt. Ⅱ』と『Invictus』を含めて「マリッジ三部作」と名付けられた。現在でも多くのファンが認めているように、『The Marriage of Heaven & Hell Pt. Ⅰ』はヴァージン・スティールの黄金時代を開始させるきっかけとなった。第7作『The Marriage of Heaven & Hell, Pt. Ⅱ』は1995年に「T&T / Noise」より発表された。本作は多くのファンに「ヴァージンス・ティール史における最高傑作」と呼ばれた。傑作であった前作を凌駕する完成度の高さは、デイヴィッド・ディフェイというアーティストの才能の爆発を示していた。本作はコンセプト・アルバムの第2作目であり、魂の輪廻転生、強き人間の肉体と精神、天国と地獄の和解(The Marriage of Heaven & Hell)といったテーマを扱っていた。また、世界観の構築という面でもエピック・メタルらしいドラマ性で完成され、楽曲の題材に『旧約聖書』や『新約聖書』、アイスキュロスの『縛られたプロメテウス』などの作品を選択している。この作品でヴァージン・スティールのサウンドは確立され、デイヴィッド・ディフェイ本人はバンドの音楽性を「Barbaric and Romantic(野蛮でロマンティック)」と名付けた。以来、ヴァージン・スティールのサウンドはこの音楽性に忠実となっている。本作のハイライトは"Prometheus The Fallen One"と"Emalaith"であり、この楽曲では前者がアイスキュロスの『縛られたプロメテウス』を、後者がオリジナル・ストーリーの"エンディアモンとエマレイス"の叙事詩を歌っている。なお、現在でもエピック・メタル・ファンの中ではこの楽曲を最高傑作とする声が多い。マリッジ最終作である第8作『Invictus』は1998年に「T&T / Noise」より発表された。本作は前作と同様にファンから絶賛され、世界各地の雑誌等でも高評価を獲得した。本作は大掛かりなストーリー・アルバムであり、前作収録の名曲"Emalaith"に関する内容が具体的に取り上げられている。アルバム・タイトルは英国詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリー(William Ernest Henley)のヴィクトリア時代の詩『Invictus』(1875年)がモチーフである。この内容はエンディアモンとエマレイスによる戦いと輪廻転生の物語に深く関わっている。なお、本作の物語ではエンディアモンとエマレイスが新しい神々と700年に渡り争っており、自分たちは古い神々のために血の復讐(Blood of Vengeance)をするという。その光景が全編の楽曲の中で鮮明に描かれている。作品にはこれまで以上に古典古代(ギリシャ・ローマ)風のメロディが強調され、ヴァージン・スティールのエピック・メタルを唯一無二の存在にしている。最後の大作"Veni, Vidi, Veci"はローマの軍人ガイウス・ユリウス・カエサルの名言であり、「来た、見た、勝った」という意味を表している。これは実際にエンディアモンとエマレイスの最終的な勝利を決定付けている。この作品以降、デイヴィッド・ディフェイは神話の世界をモチーフにして現実社会を描写するという作風を強調させていく。「マリッジ三部作」以降、ヴァージン・スティールは"エピック・メタルの帝王"と称されてシーンのトップに君臨する。バンドはその後も精力的に活動を続け、1999年に「T&T / Noise」より第9作『The House of Atreus, Act I』を発表する。これまでの楽曲で表現されてきた古代ギリシアの世界をモチーフとした本作では、続く2000年同レーベルより発表された第10作『The House of Atreus, Act Ⅱ』と並び「アトレウス二部作」と名付けられた。タイトルのアトレウスとは物語に登場する呪われた一族の名である。作品は「マリッジ三部作」と同様に欧州で圧倒的な支持を受け、バンドの更なる地位の獲得に貢献した。これらの作品は古代ギリシアの劇作家アイスキュロスの『オレステイア三部作(The Oresteia)』を題材にしており、ドイツの演劇監督ウォルター・ウェイヤーズ(Walter Weyers)とマルティナ・クラウスキー(Martina Krawulsky)によって制作を依頼されたものである。本作は発表前に実際のドイツ国内の舞台でも上演された。1999年6月5日の初演は"Klytaimnestra"と名付けられ、へヴィ・メタルを基盤とした歴史上で初のミュージカル作品となった。この成功の後、「マリッジ三部作」を題材にした"The Rebels"という名のメタル・オペラが第2作目として新しく上演された。また、2003年には次作の基盤となる第3作目のメタル・オペラも完成していた。今回のヴァージン・スティールの作品では『The House of Atreus, Act I』で『アガメムノーン』を 、『The House of Atreus, Act Ⅱ』で 『供養する女たち』 と『慈みの女神たち』をそれぞれ描いている。前述の通り、「アトレウス二部作」は世界各地のエピック・メタルのファンに絶賛され、その他に演劇の世界からも大きく注目された。これらはエピック・メタルを主軸にした古代ギリシア悲劇の現代における再現でもあった。『The House of Atreus, Act Ⅱ』では10人になる登場人物をデイヴィッド・ディフェイが一人で演じ切り、『The House of Atreus, Act Ⅱ』では7人の登場人物をデイヴィッド・ディフェイに加え2編からなる聖歌隊が歌い紡いでいる。そのオペラティックな手法も影響しての欧州の評価であった。また、本作は古代ヘラス──紀元前のギリシア──をテーマにしたへヴィ・メタルのサブ・ジャンル、ヘレニック・メタルの誕生にも多大なる貢献をした。初期作品をリメイクした企画盤『The Book of Burning』を2002年に完成させた後、ヴァージン・スティールは第11作『Visions of Eden: The Lilith Project (A Barbaric Romantic Movie of the Mind)』を「T&T / Sanctuary」より発表する。作品は2003年頃に既に完成していたが、レーベル側の問題で3枚組の構想が却下され、発売日が延期された。2006年にデイヴィッド・ディフェイの所有するレコーディング・スタジオ"The Hammer of Zeus"で録音した本作の題名には"Lilith" または"Lilith Work"というタイトルが選出されていた。今回は前作から約6年振りの作品となったが、内容は創世記の時代を舞台にした全く新しいスタイルのエピック・メタル・オペラとなっていた。ドイツで実現された「アトレウス二部作」、「マリッジ三部作」舞台化の成功後、デイヴィッド・ディフェイは同じドイツの劇団から演劇用の楽曲の制作を提案されていた。それに返答した際の約40曲がこの『Visions of Eden』の原型であった。過去にジョン・ミルトンなどの文学作品がエピック・メタルのモチーフとなることはあったが、その試みはキリス・ウンゴルの『Paradise Lost』(1991)を最後に終わっている。ヴァージン・スティールは本作でアダムの最初の妻となったリリスの悲劇について歌い、創世記の中の叙事詩を鮮明な手法で描いている。楽曲は主にそのリリスの視点から描かれており、時に生々しい描写で苦悩や愛を表現している。デイヴィッド・ディフェイ本人が語るには、真の文化を理解するためには創世神話を見るのが正しいという。なお、本作のメイン・テーマであるリリスの伝説が誕生したのは主に中世であり、その起源は古代シュメール人の伝承の中にあるという。また、リリスは世界最古の英雄叙事詩『ギルガメシュ叙事詩』に登場する妖魔キスキル・リラであるとも考えられている。作品は最終的に「リリス・プロジェクト」と題され、楽曲はヴァージン・スティールのエピック・メタルの集大成となり、収録時間は約80分に及んだ。作品の背景にはロマン派の影響があり、ショパンやヴェルディ、ワーグナー等の作曲家の残した功績も大きいという。2010年になってもヴァージン・スティールの活動は衰えることがなかった。この年の10月には「SPV/Steamhammer」より第12作『Black Light Bacchanalia』を発表する。ここでヴァージン・スティールは"エピック・メタルの帝王"の健在振りをシーンにアピールした。デイヴィッド・ディフェイはここで一旦「リリス・プロジェクト」を手放し、過去に描かれていた一つのテーマを再構築している。それがキリスト教によって古代信仰が弾圧されていく様であり、本作はヴァージン・スティールの歴史の中で最も暗く重い作品となった。デイヴィッド・ディフェイが追求しているこの意味深なテーマは、繰り返す歴史の惨劇や相容れない宗教世界の危うい宿命を雄弁に物語っていた。──結果的に、ヴァージン・スティールの歴史はエピック・メタルというサブ・ジャンルの発展に深く関わっている。これまでにヴァージン・スティールは多くの功績を残しており、それらが一般的な資料としてヘヴィメタル史にも記録されている。その代表的なものが、古代ギリシア等の文学作品をへヴィ・メタルのジャンルに取り入れたことである。これらの試みは見事に成功し、『The House of Atreus』シリーズなどの名作を生み出している。その成功を物語るように、これらは欧州を中心に現在でも高く評価されている。また、ヴァージン・スティールはサウンドの面でもエピック・メタルの可能性を大きく飛躍させた。その代表的なものが、演劇の世界に影響を受けたプロジェクト「Metal Opera and Theatre」の歌劇に通じる要素や「Barbaric and Romantic」と表現される音楽性の確立である。これらの要素はドイツにおける「アトレウス二部作」と「マリッジ三部作」の舞台化によって完成している。こういった現実的な成功の記録によって、現在のヴァージン・スティールの地位はエピック・メタルというサブ・ジャンルの中で確立されているのである。エピック・メタル・シーンでは現在もマニラ・ロード等の重鎮が活躍しているが、同じようにヴァージン・スティールも"エピック・メタルの帝王"としての仕事を続けている。そして、古参が『Visions of Eden』のようなエピック・メタルの真の傑作をバンド結成25年後に生み出せることを証明している。

{Mar 31, 2014}


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エピックメタルの帝王(Emperor Of The Epic Metal)


著者:Cosman Bradley
編集:METAL EPIC


 以下は以前コスマン・ブラッドリー博士が書いた文章を『METAL EPIC』誌が新たに編集し直したものだ。ここではヴァージン・スティールとエピック・メタルの関係性についての研究の成果が記されている。

エピックメタルの創世記にて
Virgin_Steele_01.jpg ヴァージン・スティールは後にエピック・メタルというサブ・ジャンルを確立させ、その歴史を作っていくヘヴィ・メタル・バンドである。初期のヴァージン・スティールはアメリカのニューヨークでデイヴィッド・ディフェイ(David Defeis:Vo)とジャック・スター(Jack Starr:g)を中心に結成された。ジャック・スターはフランス出身であり、9歳まで過ごした後にニューヨークへと移り住んだ。一方のデイヴィッド・ディフェイは1961年1月4日に音楽一家の家系に生まれ、幼い頃からクラシック音楽や演劇などに親しんで育った。彼の父は有名なシェイクスピア俳優であり、演劇と同じくピアノの教育にも熱心であった。デイヴィッド・ディフェイは8歳の時にピアノのレッスンを始め、欧州のクラシック音楽を中心に学んだ。16歳の時に転機が訪れた。マウンテン・アッシュ(Mountain Ash)と呼ばれる彼のバンドが高校のギグのためにオーディションを行い、その場で親友エドワード・パーシノ(Edward Pursino:g)と出会ったのだ。その後、2年生の音楽大学を卒業してから、デイヴィッド・ディフェイは初めてジャック・スターと出会った。連絡のきっかけは、ニューヨークで新しいバンド結成のためのヴォーカル募集広告にあった。1980年代初期には輝かしいロック・スターの影に隠れて多くのヘヴィ・メタル・バンドが結成されていた。ヘヴィ・メタルがいくつかの成功を収めているように、2人のバンドも将来を期待されていた。1981年に始動したバンドはヴァージン・スティールと名付けられ、ニューヨークのアンダーグラウンド・シーンから登場した。なお、ヴァージン・スティールの名前は"純粋な鋼鉄"などに由来しているが、誰が付けたかは正確には分かっていない。ヴァージン・スティールの記念すべき第一作『Virgin Steele』は1982年に発表された。本作は「Music For Nations」から配給され、正式なヴァージン・スティールのデビュー作品となった。この頃の作品にはハード・ロック的な印象の楽曲が多く、70年代を彷彿とさせる雰囲気が大きな特徴であった。また、初期作品にはジャック・スターの個性的なギターが色濃く打ち出されていた。これは"ヴァージン・スティールがジャック・スターのバント"ということの証明であった。第2作『Guardians Of The Flame』は前作と同じく「Music for Nations」より1983年に発表された。本作の米国盤の名称は『Virgin Steele II』というものであった。なお、この作品は米国盤と欧州盤ではジャケットが異なっていた。内容には前作からの進歩があり、パッヘルベルのクラシックの名曲"カノン"をモチーフにするなどの工夫があった。楽曲もデイヴィッド・ディフェイとジャック・スターの制作で分かれており、お互いには明確な個性があった。特にデイヴィッド・ディフェイの楽曲はクラシックかつドラマティックであり、後のエピック・メタルの要素をいくつか持っていた。しかし、まだデイヴィッド・ディフェイのヴォーカルが未熟であり、バンドのサウンドも安定して聴ける内容ではなかった。1986年に「Cobra」より発表された第3作『Noble Savage』では、デイヴィッド・ディフェイとの音楽性の違いを理由にジャック・スターが脱退した。ここでは後にデイヴィッド・ディフェイの右腕となる親友エドワード・パーシノ(Edward Pursino:g)が加入した。当時のジャック・スターが望んだ音楽性はよりストレートなハード・ロックであり、デイヴィッド・ディフェイの追求するエピックな音楽性とは異なっていた。それを証明するように、その後のヴァージン・スティールはデイヴィッド・ディフェイの描く叙事詩的な世界観を強調するようになる。本作は内容的にも大きな飛躍を遂げ、従来のヘヴィ・メタルとは異なる部分を強烈に主張していた。特にアメリカのマニラ・ロード(Manilla Road)やキリス・ウンゴル(Cirith Ungol)等によって"エピック・メタル"と形容されていた音楽性が本作では表現されていた。タイトル曲の"Noble Savage"では「高貴な野蛮人(ノーブル・サベージ)」という古代の思想をモチーフにし、ヴァージン・スティールの新しい名曲を作り上げた。この時期から、ヴァージン・スティールの音楽性には、ギリシア・ローマ等の古典文学に通じる重厚な雰囲気が顕著になる。なお、前述の通り、デイヴィッド・ディフェイの父は演劇に詳しく、彼は幼い頃からエウリピデス(*注釈1)やアイスキュロス(*注釈2)、シェイクスピアなどの作品に親しんでいたという。1988年10月に「Maze Music」より発表された第4作『Age of Consent』はファンからも高く評価された。本作にはヴァージン・スティールの代表曲"The Burning of Rome"を収録し、前作よりも更にエピカルな面が強調されていた。しかし、一方でマネージメントの圧力に押されるというデイヴィッド・ディフェイ本人の葛藤があった。当時、流行の音楽性にシフトするように強いられた影響が、いくつかのアメリカン・ハード・ロック的な楽曲に表現されている。実際、本作のエピックな部分を評価しているファンの間ではこの構成が賛否両論となった。そのためか、本作は発表後に幾度も再発され、その際にボーナス・トラック追加と曲順を大幅に入れ替えている。残念なことに、本作発表後にヴァージン・スティールは活動休止を発表した。これにはマネージメントの圧力やバンドの音楽性の問題もあった。次のヴァージン・スティールの新作が発表されたのは1993年3月であった。しかし、ファンの期待は「Shark Records」配給の第5作『Life Among the Ruins』で裏切られた。コマーシャルなロック・ナンバーと軽快なブルーズ・ソングに代表される本編の作風は、ポップ化したと言われファンに非難された。本作は後にデイヴィッド・ディフェイが失敗作ではないと認めているが、多くのファンはこの作品に対して不信感と疑問を抱いた。本作を非難されるのは、デイヴィッド・ディフェイが最も影響を受けているバンド、レッド・ツェッペリンに従った自分の原点を否定されるものと同様であったという。

>>To be continued in:Emperor Of The Epic Metal:Next...


*注釈1:Euripides(480 - 406 B.C.)。古代アテナイの悲劇詩人。代表作に『メデイア』、『アンドロマケ』、『トロイアの女』等がある。
*注釈2:Aischylos(525 - 456 B.C.)。古代アテナイの悲劇詩人。代表作に『縛られたプロメテウス』、『オレステイア三部作』等がある。
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ニュー・ウェイヴ・オブ・メディタレニアン・エピックメタル(NWOMEM)


著者:Cosman Bradley
翻訳:METAL EPIC


地中海で起こったエピック・メタルの事象に関しての記録。

新時代のムーヴメント
ancient_greece ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸の間に跨る地中海は、古くはローマ時代のラテン語でマーレ・ノストゥルム(mare nostrum:「我々の海」という意味)と呼ばれ、古代の世界において、海上貿易による膨大な富を文明諸国にもたらした。その利益を一身に受けたのが、古代ギリシアであり、古代ローマ帝国であった。温暖な海洋を巡り諸国へと運ばれた多種多様な珍味、装飾品、貴金属、衣服などの異国の逸品は、外国を知らなかった古代人たちにとって、大きな歓喜の一部でもあった。爾来、歳月は巡り、新しい時代が訪れた。これまでに、偉大な地中海はヨーロッパ諸国と様々な文化とを融合させてきたが、その温厚な波が、やがて激流となってエピック・メタルの分野にも押し寄せてきた。恰もヨーロッパ文化と異国文化のクロスオーバーであるかのように、これらの国々が特異なエピック・メタルと出会い、そして融合を果たしたのである。多くの人々が疑問を抱くことだろうが、エピック・メタルとは、70年代から80年代にかけて誕生し、主にアンダーグラウンド(地下)で人気を博したヘヴィメタルのサブジャンルである。特に80年代初期~後期にかけてアメリカの地下で急成長を遂げたエピック・メタルは、一部の熱狂的なファンによって支持され、小レコード会社が音源の配給を支え、地下での確固たる地位を獲得し、現在まで続いている。"エピック・メタル"という独自の名称は、作詞や世界観の側面において、古典文学や神話、及び叙事詩的なファンタジー作品からの引用を含むことに由来している。その起源は、アメリカのカンザス州出身のマニラ・ロードが発表した最初の2作品にあるとされ、『Invasion』(1980)発表後のインタビューで「エピック・メタル」という言葉を最初に口にしたのもマーク・シェルトンであったという。その後、80年代にはアメリカのマノウォー、オーメン、ヴァージン・スティール、ウォーロード、キリス・ウンゴル、ブローカス・ヘルムなどがこの分野の確立に貢献し、後続への影響を残した。続く90年代は、ヘヴィメタル全域にとって最も悪い時代であり、同様にエピック・メタルのシーンも沈黙を余儀なくされた期間である。しかし、この頃、ヴァージン・スティールが発表した『The Marriage of Heaven and Hell』(1994~1995)がヨーロッパでヒットし、エピック・メタルの存在をファンにアピールするための絶好の機会が訪れた。ここでエピカルなヘヴィメタルに目覚めたというHR/HMファンも少なくはない。21世紀に入ると、いよいよエピック・メタルの活動は本格化し始め、主にイタリアやギリシャを発端としてエピック・メタルのジャンルは人気を博していった。特に欧州では、エピック・メタルのムーヴメントも巻き起こった。"New Wave of Mediterranean Epic Metal(NWOMEM)"と呼ばれる熱狂的なムーヴメントがそうであり、地中海に面する国々を中心に拡大したこの巨大なコミュニティは、世界各地にエピック・メタルの新時代の訪れを告げた。NWOMEMから登場した代表的なエピック・メタル・バンドは、ギリシアのバトルロア、セイクリッド・ブラッド、イタリアのマーティリア、ロジー・クルーシズ、ドゥームソード、ホーリー・マーター、アイシー・スティール、ヴォータン、バトル・ラム、そしてポルトガルのアイアンソードなどである。なおこのムーヴメントは、地中海を中心に現在も拡大を続けている。



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エピック・メタルの父(The Father of Epic Metal)


著者:Cosman Bradley
翻訳:METAL EPIC


 以下は以前コスマン・ブラッドリー博士が書いた文章を『METAL EPIC』誌が新たに編集し直したものだ。ここではロバート・E・ハワードとエピック・メタルの関係性についての研究の成果が記されている(前回より...)。

エピック・メタルの父
frank_frazetta リヒャルト・ワグナーを「ヘヴィメタルの父」と称するなら、ロバート・アーヴィン・ハワードは「エピックメタルの父」だった。僅か30年という短い生涯を送り、類稀な文才に恵まれ、人間の長寿と真向から対峙した人物が、ハワードその人だった。
 人生の輝ける一瞬を生き、不朽の名作を数多く世に残した“作家”ハワードの影響は、爾来、幻想文学のジャンルだけには留まらず、アート、音楽、映画産業へと拡大していった。現代社会の中には、ハワードの世界観に触発された様々な作品があった。
 代表作〈コナン〉は、ジョン・ミリアスの映画『コナン・ザ・グレート』として生まれ変わり、アメリカの作曲家ベイジル・ポールドゥリスによる、サウンドトラックの同名の音楽作品を生み出した。80年代以降、このサウンドトラックは、エピック・メタルの楽曲の中にも頻繁に引用され、屈指の人気作となった。また、映画は俳優のジェイソン・モモア主演でリメイク版が制作され、2011年に『コナン・ザ・バーバリアン』(Conan The Barbarian)として公開された。
 アートの分野では、アメリカのフランク・フラゼッタやケン・ケリーが才能を開花させた。空想の領域から視覚の段階へと移り変わったハワードの世界観は、幻想的なイラストレーションで表現され、アート界で高い支持を獲得した。現在に至るまで、ケン・ケリーの描いた魅惑的なアートワークが、数多くのエピック・メタルのアルバム・ジャケットを飾っていることは、ファンたちなら既に承知の事実だった。
 時が流れても、古代の神話や英雄叙事詩などが強い影響力を持っているように、リン・カーターやライアン・スプレイグ・ディ・キャンプなどの後続の作家たちは、ハワードが未完のまま残した作品を編集し、本人の死後も数々の「新作」を世に送り出した。この挑戦は、一部のファンたちから非難されたが、多くの“ハワード愛好家”は、未読の作品を楽しんだ。
 このように、時代を超えて、ハワードの創造した世界観は受け継がれていった。やがて、その流れは、ロック音楽のジャンルにも手を伸ばし始めた。ハワードの残した功績録の中に、「ヒロイック・ファンタジーを確立した」という項目があった。これが後に、叙事詩的なロック音楽のシーンから、大きな注目を集めたのだった。
 歴史は続いた──ハワードの作品に触発された後続の作家たちは、ヒロイック・ファンタジーの世界観を踏襲した。これらの作家たちは、数多くの小説を発表していく中で、現実的な功績を作り上げ、現在へと続く、「剣と魔法の物語」の幅を押し広げていったのだった。
 そのフォロワー的な作家たちの中に混じって、フリッツ・ライバーやマイケル・ムアコックなどが頭角を現していった。前述の通り、アメリカのフリッツ・ライバーは、1960年代に「剣と魔法の物語」という名称を唱えた。この作家は、「剣と魔法の物語」の世界を自ら体現し、〈ファファード&グレイ・マウザー〉という、ヒロイック・ファンタジーの人気シリーズも執筆した。一方、イギリスのマイケル・ムアコックは、1961年に〈永遠のチャンピオン〉(The Eternal Champion)シリーズの第1作目となる『夢見る都』(The Dreaming City)発表した。
 70年代初頭、イギリスからブラック・サバスが登場し、ヘヴィメタルの基盤を築くと、徐々にセックスやドラッグのテーマから離れた、新たな歌詞の内容が必要となった。ここでは、従来のキリスト教や悪魔崇拝、社会批判や戦争などとは異なる題材が求められた。
 イギリスのホークウィンドは、マイケル・ムアコックのヒロイック・ファンタジー小説をモチーフとした『ウォリアー・オン・ザ・エッジ・オブ・タイム』(Warrior On The Edge Of Time, 1975)を発表した。そして、未来のロック音楽のジャンルには、まだ開拓すべき可能性があることを証明した。
 これに影響を受けたアメリカのキリス・ウンゴルやマニラ・ロードなどのバンドたちは、80年代初期──ヘヴィメタルが急成長を始めた時期──に叙事詩的な文学作品とヘヴィメタルを融合させたサブ・ジャンルを追求した。アンダーグラウンド・シーンのバンドたちが、後にハワードの創造したヒロイック・ファンタジーの世界観と出会うと、現在のエピック・メタルの基盤が誕生したのだった。
 80年代以降、エピック・メタルにおけるハワードの影響力は強まり、次第に巨大な枠組みが完成していった──マニラ・ロードのマーク・シェルトンは、作詞で影響を受けた作家として、ハワードの名前を挙げた。第8作『ザ・コーツ・オブ・ケイオス』では、「剣と魔法の物語」の世界観を忠実に再現した、叙事詩的なヘヴィメタルの音楽のスタイルを作り上げた。
 マノウォーのジョーイ・ディマイオは、ハワードの〈キング・カル〉と〈コナン〉を影響を受けたヒーローたちとして称賛し、自らのバンド・イメージとして、その野性的なヒロイズムを代用した。第2作『イントゥ・グローリー・ライド~地獄の復讐~』や第4作『サイン・オブ・サ・ハンマー』などの作品では、野蛮で高潔な〈コナン〉の世界が、ダークなエピック・メタルのサウンドで表現された。
 イギリスのシンフォニック・エピック・ブラック・メタル、バルサゴスのバイロン・ロバーツは、エドガー・ライス・バロウズやハワード・フィリップス・ラヴクラフトを差し置いて、最も影響を受けた作家として、ハワードの名前を挙げた。第1作『レムリアの空に浮かぶ黒き月』(A Black Moon Broods Over Lemuria, 1995)と第2作『ウルティマ=テューレの氷に覆われし玉座の頭上にて燃え盛る星の炎』(Starfire Burning Upon The Ice-Veiled Throne Of Ultima Thule, 1996)では、ベイジル・ポールドゥリスのサウンドトラックからのメロディを引用した。また、“バルサゴス”というバンド名は、ハワードの短編小説『バル=サゴスの神々』(The Gods Of Bal-Sagoth, 1931)に由来したものだった。
 イタリアのドミネは、マイケル・ムアコックやハワードの世界観をテーマとしたエピック・メタルの作品を残した。第4作『エンペラー・オブ・ザ・ブラック・ルーンズ』(Emperor Of The Black Runes, 2003)の《The Aquilonia Suite》では、ベイジル・ポールドゥリスのサウンドトラックからのメロディを引用した。
 ノルウェーのヴァイキング・メタル・バンド、エインヘリャルは土着的な北欧文化を強調したサウンドの中で、幼少期のハワードが影響を受けた、英雄たちの神話の世界を表現した。EP『ファー・ファー・ノース』(Far Far North, 1997)では、ハワードの世界観とヴァイキング文化の融合に挑戦し、《Naar Hammeren Heves》の中で、ベイジル・ポールドゥリスのサウンドトラックからのメロディを引用した。
 新時代のエピック・メタル・シーンの中でも、ハワードの影響力は顕著だった。イタリアのロジー・クルーシズは、第1作『ワームス・オブ・ザ・アース』(Worms Of The Earth, 2003)でハワードの小説『大地の妖蛆』(Worms Of The Earth, 1932)をコンセプトとして、ピクト人の英雄〈ブラン・マク・モーン〉の活躍に触れた。その後、バンドは第3作『フェデ・ポテレ・ヴェンデッタ』(Fede Potere Vendetta, 2009)で、更に深遠なヒロイック・ファンタジーの世界観を追求した。《Venarium》の歌詞には、少年時代の〈コナン〉が登場し、ヴェナリウム砦での戦いが描かれた。
 ポルトガルのアイアンソードは、デビュー時からハワードの世界観に影響を受け、ヒロイックなエピック・メタルのサウンドを追求した。第3作『オーバーローズ・オブ・カオス』(Overlords Of Chaos, 2008)では、〈コナン〉の他にクトゥルー神話も楽曲のテーマに選択した。実際のハワードは、『ウィアード・テイルズ』誌の作家たちの影響で、クトゥルー神話関連の作品も数多く残していた。
 その他、ドイツのヴァイキング・メタル・バンド、クロム(Crom)もハワードからの影響を受け、バンド名にキンメリア人が信仰した大神の名前を使用した。また、同国のマジェスティもマノウォーのフォロワー・バンドとして活躍し、ケン・ケリーを起用した勇壮なカヴァー・アートワークでハワードの世界観への傾向を示した。アメリカのハイボリアン・スティールは、バンド名の通り、主にハワードが創作した“ハイボリア世界”を重点的に描いた作品を発表していった。
 ここで取り上げられた一例は、過去と現在において、ハワードと叙事詩的なロック音楽の共通性を示するものだった。現在のエピック・メタル・シーンでは、ハワードの影響力が巨大化し、それはバンドのイメージや精神面にも及んでいた。既にここで証明されてきたように、ハワードはエピック・メタルに関わるミュージシャンやファンたちにとって、一種の父性を持った存在に近付いていた。
 結果的に、今日の叙事詩的なヘヴィメタルの概要は、ハワードが1930年代に「ヒロイック・ファンタジー」の市民権を獲得したことに由来していた。これまでのエピック・メタル史の中で追求されてきた英雄主義的なテーマは、ハワードが生涯を懸けて追求した内容と同じだった。栄光、挫折、才能、影響、早過ぎる死──今回、一つの結論が導き出された。
 エピック・メタルに関わるミュージシャンやファンたちにとって、ロバート・アーヴィン・ハワードは偉大な父だった。彼の名前は、叙事詩的なヘヴィメタルの作品の中で、今なお生き続けていた。


*この記事は『叙事詩的なヘヴィメタルの歴史2』に収録されました。

叙事詩的なヘヴィメタルの歴史2


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エピック・メタルの父(The Father of Epic Metal)


著者:Cosman Bradley
翻訳:METAL EPIC


 以下は以前コスマン・ブラッドリー博士が書いた文章を『METAL EPIC』誌が新たに編集し直したものだ。ここではロバート・E・ハワードとエピック・メタルの関係性についての研究の成果が記されている。

作家の生涯
Robert_E_Howard 1906年、アメリカのテキサス州ピースターにて、父アイザック・モルデカイとアイルランド人の血を引く母へスター・ジェイン・アーヴィンの間に子供が生まれた。男の子は、ロバート・アーヴィン・ハワード(Robert Ervin Howard)と名付けられ、両親たちから大事に育てられた。
 当時、ハワード一家はテキサス州を転々とする生活を送っていた。ハワードが8歳を迎える頃には、既に7回の移住を体験した。この頃、ハワードは母親から民話や詩について学び、幼いながらも読書に熱中した。
 9歳(10歳)の時、ハワードは初めて小説を書いた。最初の小説は、北欧の英雄叙事詩ベオウルフを題材としたものだった。活発な少年は、北欧の神話や英雄叙事詩などに魅了されて育った。
 1919年、ハワード一家はテキサスのクロス・プレインズに引っ越した。13歳のハワードは、クロス・プレインズ・ハイスクールに入学し、当時のテキサス州の石油ブームを直に経験した。この石油ブームが、若いハワードの心情に大きな衝撃を与え、一夜にして文明の興亡が起こり得ることを学ばせたのだった。
 15歳の時、ハワードは地元で出会った冒険小説総合パルプ雑誌『アドヴェンチャー』に魅了され、本誌に投稿する意味も兼ねて、本格的な創作活動を始めた。同誌の人気作家だったハロルド・ラムとタルボット・マンディは、当時のハワードに大きな影響を与えた人物だった。
 16歳の時、ブラウンウッド・ハイスクールに進学したハワードは、幸運にも最初の友人たちと出会った。トルエット・ヴィンスンとクライド・スミスとは、文学について多くのことを語り合う仲となった。また、この頃には、ハワードの作品が始めて学内誌『タットラー』に入選して活字となった。
 1923年、17歳のハワードは、ブラウンウッド・ハイスクールを無事卒業するも就職後に失業。ハワード・ペイン・ビジネス・スクールにて学業に戻り、下宿生活で新たな友人のリンジー・タイスンと出会った。リンジー・タイスンの影響で、ハワードはひ弱な体を変えるためにボクシング、乗馬、ボディビルに打ち込み、その結果、強靭な肉体を手にした。
 しかし、実際のハワードは、鍛える以前から既に大柄であり、決してひ弱ではなかった。当時のハワードのあだ名は、“二丁拳銃のボブ”だった。また、1923年には、幻想怪奇パルプ雑誌『ウィアード・テイルズ』が創刊された。
 18歳の時、ハワードは本格的に作家活動に没頭するために、ハワード・ペイン・ビジネス・スクールを中退した。しかし、本人の想像以上に投稿が上手くいかず、収入を得るために行った様々なバイト生活の果てに、ハワード・ペイン・ビジネス・スクールに再入学する結果となった。この時、ハワードは父親との間に、作家としての“ある約束”を交わした。
 1925年、ハワードが19歳の時、念願の『ウィアード・テイル』誌に短編小説『Spear And Fang』が始めて採用された。これをきっかけとして、ハワードは本格的な作家デビューを果たした。
 1927年、ハワード・ペイン・ビジネス・スクールを無事卒業したハワードは、クロス・プレインズに帰り、直に新たな小説の執筆に励んだ。この時期に書いた小説が『影の王国』(The Shadow Kingdom, 1929)であり、〈キング・カル〉シリーズの第1作目となった。本作は後に『ウィアード・テイルズ』誌の編集長ライトに絶賛され、凡そ100ドルの稿料の値が付いた。
 1928年、ハワードの創作と投稿は続き、〈ソロモン・ケイン〉(Solomon Kane)シリーズの第1作目となる『赤き影』(Red Shadows)が『ウィアード・テイルズ』誌に掲載された。この時、『アーゴシー』誌はハワードの作品に消極的な態度を示し、『赤き影』を送り返してきたが、『ウィアード・テイルズ』誌の反応は好意的なものだった。この成功を皮切りとして、ハワードは小説のジャンルで次々と成功を収めていった。
 1929年、〈ブラン・マク・モーン〉や〈レッド・ソニア〉(Red Sonja)などの魅力的なキャラクターたちを生み出したハワードは、別ジャンルでも成功するきっかけを作った。『ファイト・ストーリーズ』誌で連載していたボクシング小説〈スティーヴ・コスティガン〉(Sailor Steve Costigan)シリーズが、読者たちから高い支持を獲得したのだった。
 1931年、ハワードの下を悲劇が襲った。大恐慌時代の波が押し寄せ、銀行の預金を全て失ったのだった。この時期、人気を博していたはずの『ファイト・ストーリーズ』誌も休刊に追い込まれ、ハワードは必然的に、唯一残された『ウィアード・テイルズ』誌に投稿を絞る形となった。
 1932年、休暇中のハワードに最大の転機が訪れた。フレデリクスバーグ近郊の丘陵地帯で着想を得た新たな国家のイメージが、ハワードに強烈な物語のヒントを与えたのだった。直にハワードは、“By This Axe I Rule!”という小説を大幅に改変し、その勢いで『不死鳥の剣』(The Phoenix On The Sword)を完成させた。これが後の代表作〈コナン〉シリーズの第1作目となり、『ウィアード・テイルズ』誌で大きな人気を博すこととなった。
 その後、ハワードは破竹の勢いで〈コナン〉シリーズの続編を執筆した。そして、1933年までの間に8篇の小説を完成させた。このキンメリア出身の野蛮人コナンの活躍を描いた英雄冒険譚は、「ヒロイック・ファンタジー」という新たな小説のジャンルの確立を決定付けた。これは後に、フリッツ・ライバーによって「剣と魔法の物語」と呼ばれるサブ・ジャンルの原型だった。最終的に〈コナン〉シリーズは、完成した全21篇が『ウィアード・テイルズ』誌に発表された。
 1933年、ハワードは小説の枠を更に増やすためにエージェントを雇い、オーティス・アデルバート・クラインと正式な契約を結んだ。オーティス・アデルバート・クラインはハワードに様々なジャンルの小説の執筆を勧め、ウエスタンで新たな可能性が拓けた。
 1934年、『アクション・ストーリーズ』誌の3・4月号に掲載された〈ブレッキンリッジ・エルキンズ〉(Breckinridge Elkins)シリーズが、読者たちから高い支持を集めた。この〈ブレッキンリッジ・エルキンズ〉シリーズは、ハワードの代表的なウエスタン小説として人気を博した。
 1935年、徐々にハワードは、病気を繰り返す母親の看病に追われる生活となった。母親の看病のために、小説を執筆する時間は大きく削られていった。家族の強い愛情を受けて育ったハワードは、癌に冒されていく母親の姿を見て、次第に自らも精神を病んでいった。この頃から、親しかった友人たちは、頻繁に自殺の話をするハワードを目撃するようになっていった。
 1936年、ハワードは看病中の母へスターの病状が著しく悪化していく姿に苦しみ抜いた末、タイプライターにアーネスト・ダウソンの詞を打ち込み、自宅の車の中で最期を迎えた。友人リンジー・タイスンから借りたコルト三八口径自動拳銃の銃声一発が周囲に反響し、ハワードは自らの筆跡でその生涯に幕を引いた──「私には老人の死が、若者の死以上の悲劇に思えてならない」これは生前のハワードがよく語っていた言葉だった。
 ハワードの死後、多くの作家たちが悲しみに暮れ、事件の真相を求めた。研究の末、ハワードがタイプライターにアーネスト・ダウソンの詞を打ち込んだという定説は、間違であることが発覚した。これはハワードが自ら打ち込んだのではなく、持ち歩いていたヴィオラ・ガーヴィンの“House Of Caesar”からの引用句が、「財布の中に発見された」という真実だった。発見されたヴィオラ・ガーヴィンの詞は、“すべては去りぬ。すべては終わりぬ。ゆえにわれを火葬の薪に載せよ。饗宴は終わりを告げ、灯は消ゆる”というものだった。
 これまでにハワードが発表した作品は数知れず、主に幻想怪奇や秘境冒険譚(これらは剣と魔法の融合と呼ばれた)、ボクシング、後年はウェスタンやSF、ミステリーなどの豊富なジャンルの小説を執筆した。一般的に、後年のハワードは、母親の看病のために筆を折ったという話があるが、生前の執筆力は凄まじく、未完も含めて凡そ400篇の作品が現代に残された。
 ハワードは歴史や考古学に対する知識が深く、有史以前の古代や秘境を舞台としたり、時には自ら架空史を生み出した。また、生前のハワードの壮絶の生き様は、彼と2年間恋仲だったノーヴェリン・プライス・エリスとの恋愛ドラマを描いた映画『草の上の月』(The Whole Wide World, 1996)にも見ることができた。

>>To be continued in:The Father of Epic Metal:Next...


*この記事は『叙事詩的なヘヴィメタルの歴史2』に収録されました。

叙事詩的なヘヴィメタルの歴史2


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Lordian Guard




Lordian Guard


神の聖座と王政とにむかいし
不虔の軍、驕傲の戦を天に
むなしく挙げた。
至強者かれを
焔しつつ倒に清火天より
おそるべき墜落、燃焼をくはえて
底なき滅亡に投げおろした、そこにて
金剛の鎖、劫苦の火に住むべく、
かの全能者を戦にいどみしものを。

──ミルトン──


Epic Metal History:



 ローディアン・ガードは後にクリスチャン・エピック・メタル(Christian Epic Metal)というヘヴィメタルのサブ・ジャンルを開拓する──アメリカのロサンゼルスで誕生し、ヘヴィメタルに追い風が吹いた80年代、一部の地域でカルト的な人気を誇った伝説のエピック・メタル・バンド、ウォーロード(WARLORD)。創設メンバーのギタリストの名は"デストロイヤー"、本名をウィリアム・チャミス(William j.Tsamis)という。ウィリアム・チャミスはウォーロード時代、同じく創設メンバーであるマーク・ゾンダー(Mark S Zonde)と共に過激な偽名を使い、一度もライブを行わないという異例のスタイルで極めて神秘的なバンド・イメージを確立することに成功した。しかし、1986年にウォーロードが新しいヴォーカリストを探す苦行の果てに活動を停止したことをきっかけにして、本格的に哲学、神学の学業へと専念するようになる。ヘヴィ・メタル・バンドのギタリストという表舞台での活躍とは裏腹に、ウィリアム・チャミスには大学教授になるという別の目標が存在していたのである。真実では、ウィリアム・チャミスの哲学及び神学に対する関心は、実の父親の突然の死が要因の一つであった。この頃、ウィリアム・チャミスは精神的に病み疲れており、ジャン=ポール・サルトル(*注釈1)のような哲学者と意見が一致していた。西洋の芸術家に死後突然襲い掛かる皮肉であるように、ウォーロードは解散後に人気が爆発した。ウォーロードの解散前と後に発表されたコンピレーション『Thy Kingdom Come』(1986)、『Best of Warlord』(1989)は、ウォーロードに対するファンのリスペクトを表し、また当時を経験していないファンに捧げられている。ウォーロード、即ちウィリアム・チャミスは、ヘヴィ・メタル・シーンに帰ってくるのかどうか疑問であった。死んだ恋人を待つように、長い歳月が流れた。一度、ウォーロードの古いファンはウィリアム・チャミスがヘヴィメタルのシーンに復帰しないのではないかと危ぶんだが、1995年、ウィリアム・チャミスは新しいバンドと共に帰還を果たすことになる。ローディアン・ガード──キリスト教に関する神学を本格的に学び終えたウィリアム・チャミスが、芸術的な創作活動に没頭するためのバンドであった。長い探求の末、ウィリアム・チャミスは聖人パウロ(*注釈2)の言葉に辿り着いた。伝説では聖人パウロは、ローマ帝国の監獄で死刑を待つ間にこれらの言葉を書いたのだという。常しえの暗闇の中に一筋の光を見出す奇跡のように、フィリピ書4章11節(*注釈3)に精神の平和を見出したのだ。爾来、ウィリアム・チャミスは敬虔なクリスチャンとしてローディアン・ガードのエピック・メタルを創造していくことになる。最初のうち、ウィリアム・チャミスは自らがバンドのヴォーカルを務めたが、後に専任ヴォーカリストとして妻ヴィダン・セイヤー・リメンシュナイダー(Vidonne Sayre Riemenschneider)を迎えることでサウンドが完成した。ローディアン・ガードのサウンドは、天使の羽のように艶やかなものであった。ジョン・ミルトンの『失楽園(Paradise Lost)』、ホメロスの『イーリアス(Ilias)』及び『オデュッセイア(Odyssea)』にインスパイアを受けた果てしなく深遠なエピック・ヘヴィメタルを構築した第一作『Lordian Guard』は、地下より響く天上の調を優美に、神々しくも奏でている。アルバム・カヴァーには匿名の画家が描いた古カトリック主義に傾倒した絵画(*画像上)が用いられており、これらはミカエル(別名:マイケル、ミシェル)の軍勢と神の王座を表している。バンド名の由来は絵画に集約された。即ちローディアン・ガードとは、ミルトンの『失楽園』において、ミカエルの天使たちの軍勢を表した崇高な言葉であるのだ。ローディアン・ガードの世界では、叙事詩的なヘヴィメタルを作るためにクロウリー(*注釈4)やラブクラフトを引用することはない。ローディアン・ガードの音楽的本質は中世/ルネッサンスにあり、題材とする普遍的なテーマはキリスト教における天国の叙事詩である──やがて真のカルト・エピック・メタルのファンは目にすることであろう。神々しい至福の調の中において、天使たちが幼子のようにあられもなく戯れる荘厳の様を。やがて真のカルト・エピック・メタルのファンは味わうことであろう。堕落した悲劇の『失楽園』の中において、アダムとイヴが食べた禁断の果実の禁忌の味を。


──翻訳:『METAL EPIC』誌



*注釈1:Jean-Paul Charles Aymard Sartre(1905 - 1980)。フランスの哲学者、小説家、劇作家、評論家。実存主義(無神論的実存主義)の思想で有名。代表作は『存在と無』、『嘔吐』等。
*注釈2:St. Paul(? - 65)。古代ローマ・ユダヤ人の理論家。新約聖書の著者の一人。
*注釈3: I am not saying this because I am in need, for I have learned to be content whatever the circumstances. 訳:われ窮乏ともしきによりて之これを言いふにあらず、(わたしは乏しいから、こう言うのではない。わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ)
*注釈4:Aleister Crowley(1875 - 1947)。秘密結社、《黄金の夜明け》団の神秘主義者。トート・タロットの制作者、オジー・オズボーンの"Mr. Crowley"のモチーフとしても知られる。

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The Best of Sword and Sorcery.


不死鳥の剣―剣と魔法の物語傑作選 (河出文庫)

"ソード・アンド・ソーサリーの世界へようこそ"
 一体誰が始めたのかは分からないが、カルト的な人気を誇っていた一昔前のソード・アンド・ソーサリー(ヒロイック・ファンタジー)とヘヴィメタルとが運命的な出会いを果たし、今日のエピックメタルの礎を築いた。この偉大な発見をしたのはアメリカのマノウォーやキリス・ウンゴル、もしくはマニラ・ロードかも知れないが、一番最初に「ソード・アンド・ソーサリーとヘヴィメタルの融合」などという奇抜な発想を思いついたのは実は歴史に全く登場していない名もなきバンドであったかも知れない。表舞台から姿を消しはしたものの、1930年代に一度隆盛を極めたソード・アンド・ソーサリーが今なおこういった形で受け継がれていることは、事実意外な証拠でもある。伝説と化したアトランティスやレムリアの神話と同様、この分野が何千年先まで生き残る可能性は無きにしも非ずだ。
 さて、ここに我々が紹介する『不死鳥の剣―剣と魔法の物語傑作選』は、本国における希少なソード・アンド・ソーサリー小説の正統なアンソロジー作品である。全八篇から構成される本書には、現在では大変貴重な作品が多数収録されている。主な作家はロード・ダンセイニ(Lord Dunsany:1878 -1957)、ロバート・E・ハワード(Robert Ervin Howard:1906 - 1936)、フリッツ・ライバー(Fritz Leiber:1910 - 1992)、C・L・ムーア(C. L. Moore:1911 - 1987)、マイケル・ムアコック(Michael John Moorcock:1939 -)など、その手のマニアならどれも聞いたことのある有名な名ばかりだ。本作収録となるコナンの第一作『不死鳥の剣(The Phoenix On The Sword)』、エルリックのオリジナル版第一作『翡翠男の眼(The Jade Man's Eyes)』はソード・アンド・ソーサリーを語る上で欠かせない聖典であろう。またジャック・ヴァンス(Jack Vance:1916 -)の『天界の眼(Overworld)』やニッツィン・ダイアリス(Nictzin Dyalhis:1880 - 1942)の『サファイアの女神(The Sapphire Goddess)』など、我々が今まで読みたくても読むことが出来なかった作品も収録されていることは喜ばしい限りである。本書でソード・アンド・ソーサリーの雄大かつ幻想的な世界の全容が掴めることは間違いない事実なのだ。
 本書を手にし、血拭き肉躍る英雄冒険譚に興奮を覚えつつ、静寂に満ちながらも芯で熱く鼓動を打つ血潮に身を委ねながら、我々は古く伝統的な地を目にする。それらは実は我々にとっては馴染み深い世界でもあり、記憶の中で長い間眠り続けて感情がやがて呼び起こされる。自由、そして解放。我々はソード・アンド・ソーサリーを通じて人間の最も深く本能的な歓喜に酔いしれる。好奇に満ちた我々は良く分かっている。『不死鳥の剣―剣と魔法の物語傑作選』以上に優れた純然たるソード・アンド・ソーサリーのアンソロジーなど存在してはいないことを。本書は教科書以上に大切な知識を我々に授けてくれる。結局のところ、『METAL EPIC』が現在まで必死に追い求めていたものはエピックメタルではなく、単純明快なソード・アンド・ソーサリーであったのかも知れない。


 ──ソード・アンド・ソーサリー。それは失われた世界だが、今でも我々の純粋な夢だ。


Metal Epic, Mar 2012


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High Fantasy


 現代において、人類の文明圏は大きく二つに分断される。即ちそれぞれ異なる方法で発展を遂げてきたアメリカとヨーロッパの大陸である。これらは類似点を所有しながらも独自の文化を生み出した。今ではファンタジーの正確な根源はもはや分からなくなってしまったが、その物語が生み出された土地がアメリカとヨーロッパであったことは間違いない。
 過去にアメリカの偉大な作家らがヒロイック・ファンタジー(Heroic fantasy)を生み出したように、ヨーロッパの作家らが生み出したものはハイ・ファンタジー(High Fantasy)と命名された。最も今ではこの言葉が持つ意味とは、異なる二つの世界を隔てる外壁が映り込む鏡面でしかない。そう、それは確かにハードSFと似通った概念を有しているもののようだが……歳月が過ぎ去れば、古い時代の言葉は意味を持たなくなる。しかし私たちは、まだこの言葉の意味を理解できる時代に生きているようだ。


ハイ・ファンタジーについて;主に異世界を舞台とするファンタジー作品がハイ・ファンタジーと呼ばれているが、アメリカのファンタジーと区別するために、この言葉が用いられているようにも解釈することは可能である。ハイ・ファンタジーをトールキンの『指輪物語』に代表する傾向もあるが、その意見は間違いではない。中世風の煌びやかな世界を物語の舞台とし、崇高な騎士道精神が力を握る世界。美しい種族や、想像上の生物が登場する世界。エルフや妖精、ドワーフなどの種族はハイ・ファンタジーを象徴するシンボルのような存在だ。それらの世界では明確な善と悪の対立が存在し、英雄的な騎士は敬虔な精神で悪を打ち滅ぼさなくてはならない。ヒロイック・ファンタジー同様その起源は古いが、より現代的な解釈によって発展を遂げたファンタジーをハイ・ファンタジーと呼ぶことが出来よう。


 近年では子供たちの愛用するコンピューター・ゲームにもハイ・ファンタジーの世界が利用され、形を変えてハイ・ファンタジーは身近に浸透していった。純粋無垢な子供たちは、夢に満ちた世界を体験するために、こぞってファンタジーのゲームソフトを手に取るであろう。ソフトの出荷本数は好調なようだ。私たちの新しい娯楽のために、数えきれない世界が生み出されていった。私たちは無差別に選択権を与えられた立場に立たされている。この先、作品の肥大が物語る質の劣化の如く、真なるヒロイック・ファンタジーを子供たちが知ることはなく、横行する商業的な世界に没頭し、薄れゆく本質に気付くこともないままに生涯を無駄に過ごすであろう……あらゆる源流は、薄れゆくものなのだから……


訳者のコメント:『エピックメタル・ヒストリー:三つの勢力図』というコスマン・ブラッドリー博士の原稿は、重要な箇所が抜け落ちている未完成の資料に過ぎず、この企画自体が何らかの原因で打ち切りになった可能性を含んでいる。ここに公表された文章は、企画で完成する予定であった貴重な原文の参考資料である。なお現在コスマン・ブラッドリー博士との連絡が途絶えている状況のため、これ以上内容を詳細に追求することはできない。



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Heroic fantasy


 エピックメタル作品に題材を提供するファンタジーの歴史の中で最も古い分野に属するのがヒロイック・ファンタジーである。これまでの過程において、人類の歴史の空白部分を過去の英雄たちが輝かしい功績で埋めてきたことが判明している。古来より神などの偶像を崇拝してきた人類は、私たちが想像もしなかったような太古の時代から、それらと同じように英雄たちを崇拝する信仰を築いたのだ。
 英雄の誕生には様々な経緯がある。偉大なる英雄たちの生涯を遡ると、必ずしも彼らが神などではなく、生身の人間が神格化され、歳月の蚕食により伝説となった経緯が浮かび上がる。英雄たちは私たちがそうであるように、最初は人間であった。多くの人々が崇めるうちに時代は変わり、それらの太古の伝承は朧気になり、いつしか人間の英雄たちは神々と肩を並べるまでに崇高な存在となった。しかし、神の存在自体が曖昧である今日では、神または女神そのものが人類の創造物であることに対して、素朴な疑問を投げかけるということは少なくなった。


悠久の太古の叙事詩について;神の存在性に疑問を抱いた者たちは、いつの時代にもいたようだ。私はそのような者たちが描いてきた叙事詩的な絵巻を、再び眼前に陳列する必要があった。時代は神と人とがまだ対等に争っていた頃に遡る──神による人類創造後の世界において、神は生命及び惑星の創造主であり、超自然を掌っていると古代人は考えていた。やがて人類の子孫は神々の忘れ形見である武器を発見し、それを鍛え直し、強大な国家を築き上げていく。力を得た人類は生みの親でもある神々に対して反乱を起こし、創造主からの自由を勝ち取ろうとする……神の存在に疑問を抱いた者たちは、このような物語を残して人類に警告を発しているようにも思える。太古の反逆者が生み出したこれらの物語は、神々と人間との対立を描き、これが後のヒロイック・ファンタジーの原型になったという記録が何処かに残されているようだ。太古の世界を舞台とし、支配者でもある神々に反旗を翻す人類の光景は、神の眼を持ってしても斬新であったろう。反骨的ヒロイズム(*)の概念の誕生である。人類の偶像崇拝を英雄主義に変容させ、ヒロイック・ファンタジーの礎を築いたのがこのヒロイズムであると、長い間私は考えている。エピックメタルがそうであるように、反骨精神と英雄主義の思想を共にする叙事詩こそが、ヒロイック・ファンタジーという名称を与えられるに相応しい。


 遥か有史以前の時代から人類によって語り継がれてきたヒロイック・ファンタジーの勢力は、現在速やかに後退しつつある。いかなる場合でも事実は変えようがない。新たなファンタジーの分野であり、より華々しいハイ・ファンタジーの分野が飛躍する一方で、この古い勢力は徐々に忘れ去られていく傾向にある。現代的な解釈のファンタジーが求められる今日では、遥か大昔の荘厳な時代を描いたヒロイック・ファンタジーの隆盛は難しい。時代性から隔離されたヒロイック・ファンタジーは、やがては地下納骨所の木乃伊のように埃をかぶり、幻想という名のカタコンベで静かに眠りにつく運命にある。しかし、その厳粛な雰囲気の支配するピラミッドの最後の墓守は、あらゆる時代の変化が訪れようとも薄暗い地下の深淵にて永劫の秘密を守り続け、時が来たらそのパンドラの箱を開くかも知れない。幸運なことに、彼らのおかげで、未来永劫この分野が失われることはない。

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*ヒロイズム(heroism)……英雄的行為を賛美する精神。英雄主義。
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Heroic fantasy, High Fantasy, and Viking.


 現代エピックメタルの起源を遡ると、ハワードの想像したソードアンドソーサリーの世界に辿りつくことは以前に語った。長きに渡り、エピックメタルがその世界観の中心とするファンタジーの世界も発展を遂げ、ヘヴィメタル同様に細分化された。ファンタジーの世界の勢力図を考察した場合に、エピックメタルの分野もまた、幾つかに細分化される。具体的に分割できるのは、現在三つの世界である。第一は、原型的な「ヒロイック・ファンタジー」の世界。第二は、より空想的な「ハイ・ファンタジー」の世界。最後の第三は、古代の神話・伝承を担う「ヴァイキング」の世界である。これより先は、エピックメタルに深くかかわるこれらの世界を、その起源と発展の歴史を紐解きながら、辿ってみることとする。

>>To be continued in:Heroic fantasy:Next...



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Sword and Sorcery




 エピックメタルとヒロイック・ファンタジーの関連性について、我々は長いこと追求し続けてきた。我々が最も魅了された世界であり、憧れてきた興奮と恍惚の眩いヒロイック・ファンタジーの世界は、残念なことに現代の新しい風によって早急に忘れ去られようとしている。幻想が現実に変わり、神秘が科学に変わった。かつて我々が夢見た真のヒロイック・ファンタジーの原型は失われ始め、誰も『コナン(Conan)』の輝かしい冒険譚を囁かなくなった。古い時代の大切なものが失われてしまわないように、今一度ヒロイック・ファンタジーの世界を振り返る必要がある。話が難しくならないように、飽くまで簡潔に。そう、大昔のヒロイック・ファンタジーの世界では、すべての物事が単純かつ明確であった……

 ここでは歴史を振り返る。ヒロイック・ファンタジーとは主に、小説の内容によって用いられてきた。1963年にL・スプレイグ・ディ=キャンプが編集したアンソロジーの副題にこの言葉が初めて用いられたのがヒロイック・ファンタジーを広く確立させるきっかけとなった。伝説に名高い「剣と魔法の物語(Sword and Sorcery)」という副題は、幻想怪奇の原点『ウィアード・テイルズ』誌で活躍したフリッツ・ライバーが名付け親だ。L・スプレイグ・ディ=キャンプはアメリカで有名なファンタジー作家の一人であり、同国の作家リン・カーターらと共に活躍した。彼らはあのハワードの『コナン(Conan)』シリーズを改修したことでも特に有名だが、この試みは熱心なコナン・ファンの間では賛否両論に分かれている。ロバート・E・ハワードが創造した断片的なコナンの英雄譚を一つにまとめあげるのは問題だ。しかし、彼がこの世界の確立に貢献した事実は疑いようがなく、彼らの編集がなければ遠い国に住む人々はコナンの存在すら知らなかったのだ。後にL・スプレイグ・ディ=キャンプとリン・カーターは未完のまま残されたコナンの物語を完結させ、更には続編も描いた。

 我々はヒロイック・ファンタジーという言葉が1963年に始めて用いられたという事実には驚きを隠せない。その歴史を遡れば、古代の北欧神話やギリシア神話の英雄譚、近代ではウィリアム・モリスやロード・ダンセイニなどの幻想小説、またエドガー・ライス・バロウズの生み出した秘境冒険譚等に辿りつくが、時代を超えて現代にその世界を最も忠実に描いたのはやはりハワードその人であろう。1930年代に発表されたコナンがヒロイック・ファンタジーそのものを語り、これを知らずしてヒロイック・ファンタジーを語ることはできない。つまりヒロイック・ファンタジーの第一の英雄はキンメリアのコナンであり、ヒロイック・ファンタジーを知りたければこれを読めば良いということである。しかしここでも疑問は残っている。その"ヒロイック・ファンタジーとはどのような世界なのか"ということだ。リン・カーターの語った伝説ではこのように述べられている──



男は皆凛々しく勇敢で、女は揃って美しい。大海に光があふれ、都市には原始の美が煌き、王者の地位も剣一本で勝ち得られる。人生は冒険に満ち、神話の怪物がいたるところに、邪悪なる魔法使い、残忍な剣士が蠢き、魔法が猛威をふるう。神々が信仰の幻想ではなく、現実に姿を見せる時代……


最後の言葉:

 現在、我々がヒロイック・ファンタジーという数奇な世界を垣間見ることができるのは、こういった筋書きがあったからであった。真にロマンに満ち、日々が冒険の毎日……。男なら誰しも一度は憧れる世界である。我々のような理想主義者にとってこの世界は、まさに究極の聖地であり、生涯をかけて探究しても惜しくはない崇高な存在といえよう。我々はこの素晴らしくも高貴な太古の世界をもっと皆に知ってもらいたいと願っている。「何故か」と聞く向きも多かろう。答えは単純に、この伝説の物語が齎す興奮が少しの間だけ、我々を無情な現実の世界の外へと誘ってくれるからである……


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